#29
一冊の贈りもの
『「依存」の思想―「生きる」ための支点』大槻 宏樹 著
寺村優里
わたしは本が大好きな子どもではなかった。そのためにこの話をいただいたとき、最初に思ったことは「わたしでいいのだろうか。本好きなひとのものよりも質の低いものができて、引き受けなければよかったなどと思わないだろうか」だった。悩んだ末に引き受けることを決めたのは、わたしと本の関係が大きく変わったきっかけについて書きたいと思ったからである。
わたしには兄が二人いて、1番上の兄はいわゆる「本の虫」で、その莫大な読書量に比例した彼の知識量と語彙に大人たちが幾度となく絶賛していたことをよく覚えている。それとともに思い出すのは、仕事の後に疲れているにも関わらず本を読み耽る母の姿である。高く積み上げられた数々の小説、哲学書、歴史書は、近くにあるが、わたしにとって遠い存在でありつづけた。かといって全く本を読まなかったかといえばそうではなく、小学校では貸出本数ランキングで全校生徒の上位に名を連ねること(当時は自分の名前をのせたいその一心だったかもしれないが)や、中高時代には古典作品に魅了されることもしばしばあった。しかし心の底から本は自分にとってなくてはならないものとは思えなかったのと、どこかで自分とは比にならない読書量をもつ人間を前に引け目を感じていたのだと思う。
修士1年のときに、そんな私と本の関係に大きな変化が訪れた。
2020年、当時大学4年生だったわたしはコロナのために1年間実家の静岡にいたが、2021年3月に修士から新しく入るゼミの顔合わせのタイミングで東京に戻ることを決意した。新しい環境そして自分の今後に対する漠然とした不安感で緊張したわたしに、ゼミのある先輩から「この前4月うまれって言ってたから、これどうぞ」といきなり手渡されたのが一冊の本、『依存の思想』であった。父親や兄から本をもらったことはあったが、家族以外、そして誕生日プレゼントとして本をもらうことが初めてで、戸惑いながらも受け取り、家についてから嬉しくて写真を撮った。
タイトルに興味をそそられながら中身を読んでみると、様々な話が入り混じりながら「依存」について論じており、その重厚な内容にどんどん引き込まれていった。その本のなかに、京都の永観堂におかれている「みかえり阿弥陀如来」(http://www.eikando.or.jp/mikaeriamida.html)について書かれている部分があるが、これについて今でも度々思い出すので、その一節をここで紹介したい。
多くの人は、だいたい前を向いて歩いてきた。生きるためには当然の行為である。しかし、ときには立ち止まり、自分の歩んできた道をふりかえり、自分の居る場所を確かめることも必要であるということ。人生においても同様で、自分がどう生きてきたか、自らの生き方をどう総括するか、改めてどのように生きることを考えるかである。「みかえる」「ふりかえる」のもう一つ大事なことは、われわれは時に立ち止まり、周囲をふりかえることである。そこでわれわれの周囲に、つまずいている人、困っている人、悩んでいる人、病んでいる人、疎外されている人に対して、どんな手をさしのばせるのか、どんな言葉で向き合えるのか、どんな方法で支え合うことができるのか、つまり悲しみ苦しみをいかに共にすることができるのか=<他者と共に生きる>=この共響である。(pp.60-61)
この本を読了したとき、私はなんとも言えない満足感を味わった。人間は依存するもので、依存が悪いものではない、この本は簡単に言えばそのようにまとめられる。周りは就職し、周りのひとの中に修士はモラトリアムの延長として捉えるひともいるなかで、早く「独立」しなければいけない焦燥感と先のわからない不安感を感じていたこともあり、この本の内容はずっしりと重くわたしのなかに残った。独立などということは人間として生きるうえでありえないのだと、依存して何が悪いんだと、わたしに教えてくれた。大学院を選び、社会的にはマイノリティの立場になってわかるものがあるからこそ、私自身が「みかえり阿弥陀如来」のように、周りのひとに手をさしのばせる存在になるのではないか、そのような考えが強くなった。
また、「本」とわたしの関係もこの時大きく変わった。それまで自分で借りたり買ったりするだけで、大好きとは言えない、どこか劣等感も感じるものであった「本」は、誰かに送りたいと思い、何らかのメッセージを託すことができるものなのだと気づいた。大好きでなくとも、自分よりたくさん読んでいる人がいてもいい、自分も誰かにおすすめできるような本を見つけたい、と思うようになった。また、誰かが何か「良い本」に出会ったときに、わたしにその本を紹介したいと思ってもらえるような、そんな素敵な人間関係を育んでいきたいとも思った。
冒頭でこのお話をいただいたときの不安について述べたが、やはり未だに頭のなかで自分より本を読むひとと自分を比べるくせは抜けきれていない。しかし、この文章を書いたことで自分自身について「ふりかえる」ことができ、当時の幸福感を思い出した。どこか本に対して劣等感を感じているひとにとってこの文章が何かを捉え直すきっかけになったら、これ以上ない幸せである。
紹介した人:てらむら ゆり