第1回
灯(ともしび)を受け継ぐ大人
お客様:和蝋燭老舗「わた悟」十代目 和谷篤樹(あつし)さん
迷路のように入り組んだ路地。
路地の一角に築50年ほどの古びた5階建ての小さなビルがひっそりと佇んでいる。1階は金物屋、2階と3階は雀荘、4階は「学生ローン」の看板を掲げた高利貸し屋。そして、最上階の「スナックまきこ」は、今夜も客を待つ。
チーーーン。
まきこママは、最初の客が鳴らすエレベーターの音を聴く。スナックの扉が開き、ママは「いらっしゃい!」と威勢よく声をかける。
和谷:ママ、ちょっとー、麻雀いつしますぅ?
ママ:はあ?
和谷:メンツ揃えてや。
おしぼりを差し出しながら苦笑するママ。
ママ:私、ずいぶん打ってないから勉強し直さないと。和谷さん、麻雀お好きよね。他はなさらないの?
和谷:ビリヤードはしますよ。僕、競馬とか競輪とか嫌いやねん。どこの誰かもわからん人らにかけられへん。それやったら自分の腕で何かする方がええんやわ。ええっと、水割りで。
和谷篤樹さんは京都・東本願寺御用達の和蝋燭製造販売の店「わた悟」の十代目である。「わた悟」は江戸時代から250年ほど続いており、和蝋燭は創業から変わらぬ手作業により作られる。先代は母の祥代さん、先々代は祥代さんの義父(つまり、篤樹さんの祖父)である。驚くべきことに、「わた悟」は十代目まで長男が家業を継いだ例がない。祥代さんは「わた悟」に長男の嫁として嫁いだが、夫(つまり、篤樹さんの父)は学校の教師を生業とし、嫁が舅から技を仕込まれ老舗を守る形となった。篤樹さんは三男で、上の兄は学校の教師、下の兄はプロのハーモニカ奏者として独立した。
ママ:自分で何かする方がいいって、さすが職人さんよねえ。和谷さん、どうしてお家を継ぐことにしたの?葛藤とかなかったの?
和谷:恥ずかしながらね、一応、大学行ってましてね。中、高は部活ばっかり一生懸命やったんで、大学行ったら遊んだろと思っててね、でも、だんだんと何のために大学行ってんやろ、って思い始めて…。夜遊びして2時、3時に家帰ってきたら、母親がね、夜なべして蝋燭作ってるんですわ。僕もやっぱりお金が欲しいと単純に思ってね、それで、「これ、手伝おうか」と。
軽い気持ちで。ただ単に手伝いしてお金もらおか、とそれぐらいの気持ちで入っていったんです、この道に。最初は重たい荷物運びとかね、配達とかそれ中心に仕事してまして。売り上げあげたら自分の給料上がりますやんか。母親も僕ら兄弟の面倒見ながら、おじいちゃん、おばあちゃんの面倒も見ながらやってたし。蝋燭たくさん売って給料あげて欲しいという目的から自然と体が動いたんですよ。で、だんだん僕が蝋燭作るようになっていったんです。最初小さい蝋燭作ってて、で、ある時ね、東本願寺のご本山の大きい蝋燭作るようになって、その時、その蝋燭がどれだけ大事な蝋燭なんかはわからんかったんやけどね、で、ご本山に納めた時にね、母親が「自分の作った蝋燭、ちゃんと灯ってるか見に行きや」って言って。
ママ:東本願寺にご自分の仕事の成果を見に行かれたのね?
和谷:まあ、僕にしたらね、「別に普通に灯ってるやろ」と別に特別なんも思わんと行ったんですわ。母親に言われたし、てな感じで。実は、蝋燭自体はふだん見るけど、大きい蝋燭の炎ってあんまり見たことなくて。そん時ね、報恩講っていう大きい行事があって。大きい蝋燭の炎がブワーって上がってた。
ママ:へえ、ブワーって。
和谷:30人ぐらいお坊さんらが大きい蝋燭の方見ながらお経あげておられて、そのお坊さんの後ろに500人くらいの檀家さんがおられて、みんな蝋燭の炎の方向に手を合わされてる。その時ね、ええ仕事させてもらってるって感謝の気持ちが湧いたんやね。そっから、この仕事、これが「わた悟」なんや、と。これは後世につないでいくべきもんなんや、と改めて思ったんですよ。どきっとしたね。その炎がね、お経に乗ってね、小さくなったり大きくなったり呼吸をしてるような。
ママ:お経に合わせて?
和谷:うん、お経に合わせて炎がね、その場を演出してた。僕もね、自分が必要とされているって思った。
ママ:それ、何歳ぐらいの時?
和谷:30ぐらいかなあ。
ママ:そのシーン、見てみたかったわ。
和谷:うちの蝋燭の原料はね、櫨(ハゼ)の木の実なんです。100パーセント植物性。でね、今から25年ほど前かなあ、櫨が九州の噴火でとれなくなってしまってね。残っている原料はご本山の蝋燭用に置いときたいから他のお客さんにいつもの原料ではできません、すみません、って言ってたことあるんです。親鸞聖人の七百回忌の時、それは50年に一回の大きな行事ですわ。ご本山にたくさん蝋燭納めるんですよ。そしたらね、ある地方の蝋燭屋さんが蝋燭の寄付をしたい、と言ってきたんです。そしたらね、母親がね、泣いて怒ったんです。「その蝋燭を灯したことあるか?ちゃんと確かめたんか?みなさんわた悟の蝋燭やって見はるんやで」って。
ママ:信用問題…
和谷:ずっと真面目に守ってきたわけやからね、老舗の蝋燭。母親があんなに泣きながら僕の目の前で怒ってね。お金の問題じゃないんやね。信用やねん、信用。
ママ:柔らかい感じのお母さんやけどね。
和谷:柔らかいですよ。
ママ:シンが通ってる。
和谷:通りすぎてるねん。僕が継ぐことになって、それから15年ぐらいしてからのことやけどね、母親に取材入ったんですよ。その時、初めて知ったんやけど、僕が「蝋燭屋継いでええか?」って言ったときね、母親、その言葉がたまらなかったみたい。隠れて泣いたんですって。そういえば、僕も思い出した。その話した時、「ほんまにええんか?こんなん汚い仕事やで」って。で、「ちょっとごめんお腹痛い」ってトイレに行ったんですよ。ほんまは自分から継いでくれって言いたかったのに、押しつけになるから言えなかったんですよね。
ママ:ええお母さんや…。
和谷:母親が作る蝋燭とね、僕が作る蝋燭はね、違います。僕の方が綺麗です。寸法もきっちり。けど、母親の蝋燭は味があります。僕には出せない味。だんだん、一緒に仕事してるとね、母親というより師匠っていう見方もどっかに生まれてきますよ。まあ、若い時にはね、「うるさいわー!ほっとけやー!」とか母親に言うてたけどね。子弟関係もね、そんなガチガチに考えなくていいと思うねん。自然に人間関係はできていくし。
ママ:和谷さん、いきなりだけどね、大人とは何でしょう?
和谷:大人? 大人…。うーん…笑われたらかなんしなあ。
ママ:笑いませんよ。
和谷:大人とは、「子どもが見るひと」。
ママ:子どもが見るひと…
和谷:こんなことしてはるなあ、みたいな。大人は子どもに見られるひと。
ママ:和谷さんがずっと見てきた大人。その人がいるから「わた悟」の蝋燭は灯り続けるのねえ。あ、お代わりいかが?
和谷:いや、ごちそうさま。次はコレで。(両手の親指と人差し指で牌を立てる仕草) ママ:は〜い、勉強しときます。(同じ仕草)
スナックまきこの⼤⼈エレベーター。それは、様々な⽂化を育む⼤⼈が場末のスナックに語りにやって来るエレベーター。次回はどんな客が訪れるのか。乞うご期待!
(了)
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