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しんちゃんの教師物語(27)

ハロー、しんちゃんです。

しんちゃんは最近南米に行ったのでそのことを書いてみようと思います!


今回はコロンビアのボゴタで日本語教育について話をしたり、

パラグアイの日系社会を訪ねたりしました。

知らないところに行くのが好きなしんちゃんにとっては、これはとっても楽しい仕事です。

いろいろな人に会えるし、おいしいものも食べられるし(笑)、

自分が知らなかったことをたくさん教えてもらえます。


(パラグアイのイグアス日本語学校にて)
(パラグアイのイグアス日本語学校にて)

しんちゃんはよく海外の日本語教師会や大学などから、

「ちょっと来て話をしてくれませんか」と声をかけてもらうことがよくあります。

ほんとにありがたいことです。

でも、最近、ちょっと気になることがあります。

そもそも、しんちゃんは何をしに行っているのでしょうか。


「講演をしに行っているんでしょ」

まあ、そうなんですが……。


では、なぜアメリカの大学で働いている日本人のしんちゃんが、南米まで行って、

日本語教育について話をするのでしょうか。


現地には、何十年もそこで日本語を教えてきた先生たちがいます。

しんちゃんより、そこの学生のことをよく知っています。

そこの社会のこともよく知っています。

スペイン語もできます(しんちゃんはできません)。

なのに、なぜしんちゃんが前に立って話をするのでしょう。

専門家だから?でも何の?

考えてみると、ちょっと不思議です。


しんちゃんは大学院で教育人類学というものを勉強しました。

「教育人類学」というと、何だか難しそうですが、

簡単に言えば、人が実際に学んだり、教えたりしているところへ行って、

そこで何が起きているのかを見つめる研究です。

よく学校に行ったり、授業を見たり、学校関係の人に話を聞いたりします。


こういう研究を「フィールドワーク」と呼ぶことがあります。

しんちゃんは、こういう研究が好きです。

人に会って話を聞くと、自分が知らなかったことをたくさん教えてもらえます。


ところが、人類学には昔からちょっと困った歴史があります。

人類学者は、いろいろなところへ出かけていって、人々を観察し、話を聞き、

それを持ち帰って論文や本を書いてきました。

ここには研究する人と、研究される人がいます。

話をする人と、その話を「データ」にする人がいます。

そして、最後に論文を書いて、「この人たちの文化はこうです」などと説明するのは、

たいてい研究者です。

さらに、その論文を書いたことで仕事上の評価を受けるのも研究者です。


あれ?話してくれた人は?


実際、人類学では、この問題がずいぶん批判されるようになりました。


「人々を研究する」のではなく、「人々と一緒に研究する」ことはできないか。

研究者だけが答えを出すのではなく、そこにいる人たちと一緒に考えられないか。

そもそも何を研究するかという問い自体を、一緒に決められないか。

そんな考え方が出てきました。


よくデータを取るという言葉が使われます。

でも、人から話を聞いた場合、

その話は本当に「しんちゃんが取ったデータ」なんでしょうか。

その人がいなければ、その話は生まれません。

そして、しんちゃんが質問したから、その人はその話をしたのかもしれません。

別の人が質問したら、違う話になったかもしれません。

そう考えると、インタビューのデータというのは、

どこかに落ちているものを研究者が拾ってくるのではなく、

人と人との関係の中で一緒にできていくものなのかもしれません。


海外で講演に呼ばれると、しんちゃんは「専門家」になります。

そして、日本人です。

日本語の母語話者です。

日本語教育の研究者です。

しかもアメリカの大学で働いています。

すると、本人がそう思っていなくても、

「日本で生まれ育った人」「日本語母語話者」「アメリカの大学の先生」

「日本語教育の専門家」というものが、全部しんちゃんの後ろについてきます。

日本語教育では、日本、日本人、日本語母語話者、標準語、日本文化などが

長い間中心に置かれてきました。

そこへさらに、英語圏の大学や研究大学の権威まで重なる可能性があります。


では、どうすればいいのでしょう。もう行かない?


でも、それも何か違う気がします。


しんちゃん自身、海外でたくさんの人に会って、いろいろなことを教えてもらいました。

そこで一緒に考えたことが、その後の自分の実践を変えたことは何度もあります。

だったら、行くか行かないか、という話ではないのかもしれません。

むしろ、そこでどんな関係をつくるのかということなのではないでしょうか。


「今日は私がみなさんに教えます」ではなく、

「今日はここで何を一緒に考えましょうか」にする。


「みなさんの問題について私が話します」ではなく、

「そもそも何を問題として考えるのかを一緒に考えませんか」にする。


そして、自分の教育実践を「いい実践」として紹介するだけではなく、

「これ、みなさんはどう思いますか。おかしいところはありませんか」と聞いてみる。


そんなふうに、少しずつ関係を変えることはできるかもしれません。


フィールドワークの最後に、「みなさん、ご協力ありがとうございました」と言って帰る。

講演や視察の最後に、「今日はありがとうございました」と言って帰る。

もちろん「ありがとう」は大切です。

でも、それだけでいいのでしょうか。


(コロンビアのボゴタにあるロスアンデス大学の寮からの景色)
(コロンビアのボゴタにあるロスアンデス大学の寮からの景色)

そこで教えてもらったことを、後で誰が使うのか。

そこで出てきたアイデアを、誰のアイデアとして紹介するのか。

一緒に論文を書いたり、発表したりすることはできないのか。

そして、一回訪問して終わりではなく、その後も関係を続けられないのか。

いつもしんちゃんが海外へ行くのではなく、

今度はそこにいる先生たちを、自分の大学や学会に呼ぶことはできないのか。

そう考えると、これは研究の方法だけの話ではないような気がします。


「誰かのことを知る」「その場所を知る」というのは、いったいどういうことなのか。

「誰かのために何かをする」というとき、

誰が「誰かのために」なっていると決められるのか。

そして、「教える人」と「教えられる人」、

「研究する人」と「研究される人」という関係そのものを、もう少し違う形にできないのか。


南米まで出かけていって、今回特にそんなことを考えるようになりました。

次に出かけるときにも、「そこで誰と何を一緒に考えられるかな」

「誰と何が一緒にできるかな」と考えわくわくしながら出かけたいと思います〜!

(編集後記)

1.

今回一番楽しめたのは、実はアスンシオンの日本語学校での授業?でした。

生徒さんたちは、しんちゃんが普段接することの少ない小1から中3。

いっしょに授業は担当してくださったのはブラジルからのMさん!

最初は小学生と中学生は別々の授業でという学校の要望を、

せっかくの機会なのでMさんと相談し、何かおもしろい化学反応が起こるかもしれないからと、

合同授業のお願いをしました。

学校近くの喫茶店であーでもないこーでもないとMさんと準備をし、

授業では一番力を入れたところより、即興で生み出したものの方が盛り上がるという展開も(あるあるですが…)

「普段とは違う生徒の顔が見れた!」という先生方のコメントも何だか嬉しかったです。

やっぱりしんちゃんは誰かといっしょにコメントし合いながらするのが好きなのかも…


2.

パラグアイではアスンシオン、イグアス、エステと三つの町を訪問しました。

ちょうど秋篠宮さまと紀子さまがパラグアイ日本人移住90周年記念でいらっしゃる直前ということで、

とある学校では生徒さんたちがその式典のための歌の練習をしていました。

日本語は「ふるさと」、そして、この式典のための作られたというスペイン語の素敵な曲。

歌詞の意味はよくわからなかったのですが、どちらも歌の途中に移民の方々の思いが込められており、

その歌を生徒さんたちが一生懸命に練習しているのを聴いて、

アメリカ在住30年になったしんちゃんも何だか少し涙ぐんでしまいました。

式典本番のビデオはこちらでご覧いただけます!


3.

今回はAIといっしょに書いてみました。

こんなことを書きたいんだけどと内容を細かく書いて、これまでの原稿を全て渡し、

しんちゃんの口調で!と頼むとしんちゃんっぽいトーンに(これが何か自分を客観視しているようで楽しい😊)。

そこから、どんどん校正し(結局校正するのに原稿を書くのと同じぐらい時間が…)、

今回の原稿になりました。

いかがでしょうか?

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