

しんちゃんの教師物語(25)
ハロー、しんちゃんです。
大学の先生をしているとシラバスの成績の項目の中に
「授業の参加点(participation)」というのがあることが多いんですが、
学生が授業に参加しているかどうかってどうやってわかるんでしょうか。
今回はこの参加、
とくに何かの活動に「参加する」ってどういうことなのか考えてみたいと思います。
まずは外国語、例えば、日本語の授業の参加について。
よく出席点のほかに参加点というものがありますが、これはクセモノです。
授業に時間通りに来ていればいいのか…きっとそうではないでしょう。
授業中に居眠りしていたら参加していないような気もします。
ただ、目をつぶって寝ているように見えても、
耳でよく聞いていて私の言うことを一字一句覚えている学生がいたこともあります。
携帯をいじっていたらダメか。
でも、辞書で何か教室で起こっていることに関係していることを調べている場合もあります。
積極的に質問していればいいのか。
これも、質問することに意義ありのような感じで、
回答を全然気にしていないような学生もいます。
書くことに長けていて、話すのは苦手という学生もいるでしょう。
観察眼が鋭くて、すぐ口には出さない学生もいます。
しんちゃんはそんな学生たちに今までいろいろ会ってきました。
その度に、ああ自分はあの学生は全然授業に積極的に参加していないなと思っていたけど、
そうじゃなかったんだと反省させられました。
ほかに「参加」と聞いてしんちゃんがまず思い浮かべるのは、ラジオ体操。
小学校の頃は夏休みに朝早く起きて、
近所の公園に6時半に間に合うようにラジオ体操に行っていました。
今はそういう文化はもうないのかもしれないし、
もしかしたらこれはしんちゃんの生まれ育ったところだけのことなのかもしれないですけど、
とにかく小学生の頃はがんばって早く起きてラジオ体操に行っていました。
ラジオ体操に行くときは、ひもをつけると首から下げられるような
小さなスタンプカードのカレンダーのようなものを持っていきました。
そして、ラジオ体操に行くとその日のところに小さいスタンプを押してくれます。
たしかこんなの…

まあ、スタンプラリーみたいな気分だったんだと思います。
ただ、このラジオ体操参加のスタンプですが、ラジオ体操が終わった頃に駆け込んでいくと、
スタンプをくれる担当の人とくれない人がいました。
それからしんちゃんはこのカードを持っていくのを忘れてしまうこともあったんですが、
その場合は次の日に「前日忘れました」と言うと
前日の分のスタンプを押してくれた気がします。
(でも、前の日寝坊で休んだのに、
前の日忘れましたって言ってスタンプもらってる人もいました〜)
スタンプをもらえば「参加」と割り切れば、
参加しているかしていないかの区別はそんなに難しくないと思います。
ただ、時間通りに来てもラジオ体操をちゃんとしてない人もいましたし、
どっかに座って全然やってない人もいました。
この辺りからどこまですれば参加していると言えるのかが少しややこしくなってきます。
スタンプをもらえば、「いい加減に」ラジオ体操していても参加?
でも、だれがどの程度だと「いい加減だ」と決められるんでしょうか。
一生懸命していても「いい加減に」見える人もいるでしょうし、
逆に本人はだらだらやっていても
周りからは一生懸命にやっているように見える人もいるでしょう。
スタンプはそもそも、
朝早く起きてがんばって来たねという程度のものだったのかもしれませんけど….
参加と聞いて次に思い浮かぶのが、地域の清掃活動や草取り活動。
これは地域の活動への参加、コミュニティ参加とも言えるでしょう。
清掃活動や草取り活動はあまりやりたくなくても(すみません!)
そこに住んでいる限り、毎回欠席というわけにもいかず、
みんな参加していたような気がします(今は時代が違うのかもしれませんが…)。
これはわかりやすいですね。
時間通りに来てゴミを拾ったり、草をむしったりしていれば参加でしょう。
理由があって遅れてくる人もいますが、地域の目は厳しく(!)
来て怠けている人はおそらく遊び盛りの小学生がたまにいるぐらいだったしょうか…
では、「社会参加」というと?これは例えば、選挙でしょうか。
選挙は投票したか投票しないかではっきりしています。
でも、選挙に行ったから社会参加をしていると言えるのでしょうか。
また、社会参加って投票だけでしょうか。
ためしにAIにほかにどんなのがあるか聞いてみたら、以下のものが出て来ました。
(たくさん出てきすぎたので、以下抜粋)
ボランティア活動(子ども支援、高齢者支援、フードバンクなど)に参加する
PTA活動に参加する
地域のスポーツチームやサークルに所属する
市民講座やワークショップに参加する
地域の募金活動に協力する
防災訓練に参加する
市民集会や意見交換会に参加する
オンライン署名やキャンペーンに参加する
こうやって考えてみると、
選挙の投票のように何をもって参加と言えるのかがはっきりしているもの、
授業への参加態度のようによくわからないものなど、いろいろあることがわかります。
特に授業の参加態度のようなものは、教員やそれに該当する力を持った人(?)が、
学生やその場にいる人を参加しているとかしていないとか、
ある意味一方的に決めている気がします。
実はしんちゃんは熊谷由理さんと
『社会参加をめざす日本語教育』という本を15年も前に書いているのです。
あー、わからないではどうしようもないので、
しんちゃんたちはその本で「参加」をこうやって定義してみました。
自分の既に所属している(したい)コミュニティに関する様々な規則 (約束事、習慣、考え方、行動パターン)などを学ぶ、 その規則、規範を批判的に分析する(=当たり前を見直す)、 コミュニティの中で議論をしながら、つまり、説得したりされながら、 いいと思うものは受 け継ぎ、変えた方がいいと思うものは変えて行くための努力をする、 メンバーの一人として責任を担うこと
この全てを含まなくていいけど、
どこかの要素が入っていたら「参加」とするみたいな感じです。でもその後に
「様子がわかるようになるまでじっくり観察しているのも参加じゃないですか」とか
いろいろ有意義なコメントもいただきました。
確かにそうだなあと…今でもこんなに長い定義ですが、
付け足すこともまだあるかもとも思っています。
なんでそんなにしんちゃんは社会参加にこだわったのか…
それは日本語を教え始めたときから、学生は日本語が上手になるためだけに
日本語を勉強しているのかなあとしんちゃんが感じていたからです。
じゃあ、何のために?
これは次回に…
そして、最後に一言
「参加」を定義するってむずかしい〜。

(編集後記)
1.
「共生」「共に生きる」もおんなじだと思います。
何をもって「共生」「ともに生きる」と言えるのか…
ただそこにいっしょにいれば「共生」ですか、「ともに生きている」って言えるんでしょうか?
2.
地の果てと民藝が大好きなしんちゃんは、今回はイギリスのコーンウィール地方(南東の果て)に来ています。
お目当ては民藝運動で有名なバーナード・リーチのリーチポッタリー!