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しんちゃんの教師物語(8

 

卒業旅行先のアジアから帰ってきた後、しんちゃんの大学生活は終わりを迎えることになります。

その後の就職先は東京で、その町は巨大で人も多く、大学時代を過ごした仙台とは何もかもまったく異なった場所でした。

鶴見駅からバスで15分ぐらいのところにある会社の寮に住み、

毎日京浜東北線、東海道線、中央線を乗り継いで通勤していました。

その中で、当時東京で3本の指に入るほど激混みで有名な東海道線の川崎―東京区間の通勤は想像を絶するものでした。

梅雨にはクリーニングに出したスーツが(そう!しんちゃんは毎日スーツにネクタイで勤務していたのです!)

満員電車であっという間にしわくちゃになりました。

ほかにも、友人から聞いた話では、満員電車の中でハイヒールが片方脱げて見つからない、

降りる時に傘を引っ張って満員電車から出たら傘の柄の部分しかなかったなど、

笑い話にしかならないようなことが日常的に起こっていました。

しんちゃんは最初の1か月は通勤するだけでゲンナリ、

新しい仕事で覚えなければならないことも多く、毎日疲れて果てていました。

しんちゃんの配属先は法人営業部でした。

社内で先輩や上司にだけでなく、社外で毎日のように取引先に敬語を使わなければなりませんでした。

最初のうちは敬語を考えながら話す頭が、取引先との敬語の会話のスピードについていけず、

頭と口が分離してしまうという不思議な?体験を何度もしました。

営業部のまずはじめの新入社員の仕事はかかってきた電話を取るというものでしたが、

この仕事は一見簡単な仕事のようで、恐ろしく難しいものでした。

まず、応対で敬語をつかわなければいけない、

そして、先方の要望にこたえる(問い合わせの内容、社内のことなどわからないことが多いため答えられないことが多い)、

そしてトドメは、その2つをいっしょにするだけでも頭がおかしくなりそうなのに、

同時にメモも取らなければいけないということでした。

一つ一つはおそらくそんなに難しいことではないのですが、3つ同時に新しいことを要求されると、

まるで自分が制御できていないポンコツロボットのようでした

(昔よく壊れちゃうロボコンってありましたね。あんな感じです)。

さらに、この電話応対を上司や先輩が聞き耳を立てて聞いているのです。

電話音がなるとビクッとするのですが、しんちゃんは新入社員の仕事なので取らないわけにはいきません。

また、かかってきた電話の担当者の名前、電話番号、そして、内容をきちんとメモしていなくて

しんちゃんは何度怒られたことか… 

しかし、これもやはり慣れ、しばらくすると特に問題もなくこなせるようになっていました。

不思議なものです。

では、一人でできるようになったのか?そんなことはありません。

今、しんちゃんもこんな歳になって、上司や取引先の会社の人たちが新入社員が敬語もうまく使えず、

自分の勤務先のこともよく答えられず四苦八苦、

でも一生懸命がんばっている姿を微笑ましく見てくれていたのだなということを強く感じることができるようになりました。

社内研修では敬語の練習などさせられ、誤りを指摘されましたが、

上司や取引先の人に誤りを指摘されたことは一度もありませんでした。

(笑われたことはありましたが(汗))

おそらく尊敬語と謙譲語を間違えてしまったりしたこともあったでしょうが、

みんなに暖かく見守られ育っていったのです(と信じたい!)。

もちろん、これは仕事なのでしなければならなかったのですが、

教育においても、時には教員が学生の肩をポンと押して少し「強制して」あげることも必要な場合も多いと思います。

難しいのは、この肩の押し具合、押し加減です。

これが教育の一つのミソ(なんでミソっていうんでしょうかね?)であると感じます。

感じ方、受け止め方は人によって異なりますし、うまくいかなかった時にどうフォローすればいいのか…

しんちゃんは今尺八を習っているのですが、実はしんちゃんの先生の肩の押し加減が絶妙なのです。

あまり練習していなくてうまく吹けなくて焦っている時に先生は

「君が尺八を好きでいてくれたらそれでいいんだよ…僕は」と(しんちゃん、涙)、

そして、しんちゃんが飄々としている時には「上手になりたいんだったら、毎日練習しないとねえ…」(しんちゃん、焦る)

といった具合です。

話は仕事に戻ります。こんなに怖かった敬語も不思議なもので、

慣れてくると少し遊び心を持って使えるようになってくるものです。

ビジネスにおける敬語使用で大切なことは正しさだけではありません。

むしろ、それよりも大切なことは、相手が欲しているような言語使用をするということです。

しんちゃんの経験上、それは正しさをも上回ると思います。

もし、仮に心から自分に尊敬語を使ってほしくないという企業の担当者がいたとして、

その人に「正しい」尊敬語を使い続けることはマイナスでしかありません。

ビジネスで大切なことはまず自分を気に入ってもらうこと、

商品を売るより自分を売れ、つまり自分を気に入ってもらえと上司に何度も言われたことを今でも覚えています。

​                                                              つづく 

(執筆後記)

上の言葉、教員にも少し似たところがあるかなと思います。

学生時代に好きになった科目は先生に惹かれて… というものが多かった気がします。

でも、これは学生に媚びるのとは全く違いますね。言うまでもありませんが…

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