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日本語ができることで、解決できることとできないこと

松井 孝浩

大学生の頃の話。 

同じ専攻のヤッさんの友だちにゼンちゃんっていう人がいた。

ヤッさんとゼンちゃんは松屋の深夜バイトで知り合ったらしく、

ゼンちゃんは当時僕らがたまり場にしていたユースケのアパートに顔を出すようになった。

そこで僕らはゼンちゃんの身の上話を聞くことになった。

大きな目をきょろきょろさせながら、尖った顎を引いて、

薄い肩を上下に揺すりつつ早口で語る彼の声を僕たちはうつむいて聞いた。

ゼンちゃんは四国のとある小さな町で生まれ育ち、15歳になる頃には、天涯孤独の身となり、

遠縁の建設会社で働くことになったらしい。

その建設会社の親方というのが、苛烈な人物で、働き始めたころから罵詈雑言はもちろんのこと、

少しのミスで殴る蹴るの暴行を繰り返し、ある時なんかは、

煉瓦でゼンちゃんの側頭部を強打し、気絶し昏倒するゼンちゃんの頭を踏みつけたという。

自分の地元でもそうだったが、20世紀末の職人の世界は、

建築でも料理でも半人前は親方の奴隷みたいなところがあって、

職人の道に進んだ同級生はここまでひどくなくても、皆似たような目に遭っていた。

ごく稀によい親方の下につくことはあったらしいけど、こんな例は幸運な例外のようだった。

とにかく、半人前は何をされても仕方がない、我慢するのも修行のうち、

みたいな世界がそこにはあって、皆こういう理不尽な行為に耐えていた。

ゼンちゃんは、他に身寄りもなく、行くところもないことから、数年ほどはその会社で耐えていたらしい。しかし、ある日、一時間も寝過ごして現場に着くことが遅くなることがわかった朝、

彼は予測される親方からの激しい暴力(文字通り殺されてしまうと思ったらしい)から逃れるために、

身の回りのものをリュック詰め込み、

貯金30万円だけを頼りにその日の昼のうちに鈍行電車に乗って上京してきたのだという。

 

当時、何不自由ない大学生をしてた僕たちは、ゼンちゃんの話を聞いて、絶句していると、

ゼンちゃんは、笑ってるような泣いてるような何とも言えない顔でこう言った。

「大学生って、ええなぁ。僕も大学に行ってみたいな。

それか、あれ、代々木アニメーション学院で漫画の勉強するのもええかなぁ。」

アニメと特撮番組が好きで鳥山明そっくりのイラストを書くゼンちゃんに、

僕たちは、苦し紛れにとりあえず代アニにいくために貯金をすることを勧めた。

それでも、僕たちは、自分たちのおきらくな大学生活とゼンちゃんの過酷な人生の間に横たわる

深い深い裂け目に居心地の悪い罪悪感を抱いていた。

 

それから四半世紀後、技能実習生に対する苛烈な暴力や、

人権を蹂躙するような事件に対するニュースを見ると、

ゼンちゃんの笑ってるような泣いてるようなあの顔を思い出す。

このような報道があるときには、技能実習生への日本語教育の重要性が指摘される場合がある。

でも、日本語が母語であるゼンちゃんのような見習い職人は一体どうしたらよかったのだろうか。

ゼンちゃんのことを思い出せば、技能実習生に対する暴力などは日本語能力に関係なく起こる。

その原因はその業界の産業構造や労働慣行に起因している。

だから、このような事件をなくしていくためには、技能実習生に日本語を教えるのではなくて、

多言語での相談体制の整備と受け入れ機関や企業への監督と罰則の強化、

そして受け入れ側の人間に対する教育や啓発が必要なのだ。

日本語さえできれば、問題は解決するだろう、というアプローチは、

その解決を当事者の自助努力のみに依存し、構造的な問題を保存することになる。

そもそも、日本語ができなければ保証されない権利という在り方自体が問われるべきであろうし、

仮に日本語ができたとしても、このような問題の解決とは根本的に関係がない。

だから、日本語教育は、投げかけられる依頼にこのような安易な要素が組み込まれていないかを

慎重に確認していく必要がある。

日本語教育側の人間としては、場合によっては、

人権や労働問題の専門家に問題を委ねられるようなネットワークを備えておくべきだろうと思う。

 

そういえば、15年くらい前に大学院に行ってた頃、

「日本語ができて日本文化を理解できれば、留学生の孤立は解消される。

だから留学生には日本語と日本文化を同時に教える。」

みたいな考え方があって、たぶんそれは違うよね、みたいな議論があった。

もしかしたら、この問題もよく似た構造を持っているのではないか。

この、「日本語さえできれば論」みたいなものについて、

世の人々にわかりやすくそうじゃない、って言っていけるのもまた日本語教育側の人間ではないかと思う。

 

その後、四国の建設現場から突如「失踪」したゼンちゃんは、

いつの間にかユースケのアパートにも顔を出さなくなり、僕たちの前からも「失踪」してしまった。

20世紀末のあの頃、僕たちは何ができたのか?

そして、四半世紀後の今、自分には何ができるのか?

できないことばかりで気が滅入るばかりではあるのだが、自戒を込めて記す。


松井 孝浩(まつい たかひろ)