言語文化放浪記
〜インバウンドと日本語で遊ぶ〜
放浪者が地域のことばに着目し、風土とともにことばに対する愛をお届けします!
2月号は1月号に引き続きまきこママのスキー編です。
このコーナー「言語文化放浪記」はまきこママの北海道旅行から始まった。
この冬、ママは再び北海道へと飛んだ。その日は北海道に大雪注意報が出ていて、欠航が危ぶまれていた。しかし、強運のママは、なんとか予定通りのフライトで帯広空港に到着した。着陸前に強風で機体が煽られてひどく揺れたが、ママは窓の外の真っ白な北の大地に見とれ、揺れなど全く気にもならなかった。
今回の目的はスキーである。帯広空港から車で2時間程度でサホロスキー場にアクセスできる。今やニセコは、インバウンドで溢れているが、サホロはそうでもない。・・・と思ったらコロナ後のサホロには、わんさかインバウンドがいた。日本人の方が少ないのでは??(ニセコでは、日本人を探す方が難しい)なんだか様子が変わったな、と思いつつゴンドラ乗り場へと向かうママ。日本語が聞こえない。英語と中国語が飛び交っている。ママのスキー仲間に「英語ができないからインバウンドとはコミュニケーションできない」と言っている人が幾人かいる。
ゴンドラ乗り場には長い列ができていて、「おひとり様レーン」というのが設けられていた。「あいのりOK」の者は、ロープで設定されたそのレーンをグイグイ進んで、グループに混入して比較的早くゴンドラに乗れるのである。せっかちなママは迷わず「お一人様レーン」へ。
同乗者はアングロサクソン系の大きな男性二人だった。二人ともスノーボードを抱えているので、6人乗りのゴンドラも3人でいっぱいである。ママの向かいに一人、隣に一人座っている。
ゴンドラに乗り込むとボーダー二人は英語で会話を始めた。
「昨日は風が強くてゴンドラが止まってて最悪だったよ」
「そうなんだ! 今日は動いていてよかったよ」
「ほら、この森のコース、楽しそうだろ? 」
「おお! いいじゃん、行ってみよう!」
てな感じで二人のボーダーはテンションが高い。
どこから来たんだろう、なんでサホロを選んだんだろう、とママは二人に興味を持った。
「あなたたち、どこから来たの?」
ママは上手とは言えない英語で聞いてみた。
「僕はノルウェー。だけどデンマークに住んでる。こいつはオーストラリアだよ」
向かいのボーダーが答えた。
「サホロは初めて?」
「いや、5回目」と、向かいのボーダー。
「サホロはどう?気に入ってる? ニセコとは違うでしょ」とママ。
「ニセコは人が多くて嫌だ。サホロはいいよ、静かで」と隣のボーダー。
「あなたたちの国でスキーはしないの?」とママ。
「デンマークは、低い山しかないんだ。だからボードする時はいつも日本に来るんだよ」と向かいのボーダー。
「オーストラリアは今、夏だし。毎年夏になると北海道に来るんだよ。日本語も継続して勉強しているんだ」と隣のボーダー。
「へえ、日本語勉強してるんだ、自分で?」
「そう。自分で」
「私、日本語教えてるんだよ」とママ。実は、ママはスナックのママと日本語教師を両立している。
「え。マジで?」
ということで、しばし日本語の勉強についての会話。
やがて、ゴンドラは頂上に着いた。
「じゃあ、サホロ、楽しんでね」とママ。
「話せて楽しかったよ」と二人のボーダー。
ママはゴンドラのラックから自分の板を抜き出して担ぎ上げ、ゲレンデへ向かった。
ブーツのバックルを留めている時、隣に座っていたボーダーがママの方へ歩いてきた。
「先生、教えてください」
日本語である。ママはちょっとびっくりして頷く。
「日本語で、“いい感じ”は、どんな意味ですか」
えっと・・・。
「Feel good? Nice feeling? Just right size? うーんと」
なんか良い表現はないのか、ママは知恵を巡らせる。
「ありがとう!」
納得したのかしてないのかわからないが、ボーダーは日本語で礼を言ってにこやかに離れて行った。
えっと・・・。
“いい感じ”。レンタルのスノーボードシューズをいくつか試すとき、自分の足にフィットしたときの“いい感じ? サホロの雪は滑りやすくて“いい感じ?「そろそろランチにしない?」「うん、いい感じにお腹減ってきたしね」の“いい感じ”?
あのボーダーは、今後“いい感じ”をどんな場面で使うんだろう。なんか、言葉を教えるのって超難しいなあ、とママは思う。ゴンドラに乗り合わせた、ほんの刹那の時間で答えらしきものは与えられなかった。できれば、状況を共有して、実際に“いい感じ”の時に「いい感じ!」と言ってあげたかった。
日本の、北海道の、サホロのパウダースノーを選んでやって来たボーダー。日本語にも興味をもち、独学で勉強し、日本語の会話も現地で楽しんでいる。それって、“いい感じ”じゃないか!
別に「教える」って考えなくていい。日本語を遊び道具としてコミュニケーションする。そんな感じでインバウンドさんたちと刹那の会話を楽しめれば、きっと彼らも旅先のちょっと面白い体験と思ってくれるかも? 英語が下手でも話せなくてもいいよね。そうママは呟きながら頂上から滑り降りていく。あの二人のボーダーがママを追い越していった。楽しそうである。彼らの笑い声と冷たい空気がママのすぐ横を通り過ぎた。気分爽快である。