言語文化放浪記
〜アイデンティティを形づくる故郷愛
映画『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』鑑賞後対談
放浪者が地域のことばに着目し、風土とともにことばに対する愛をお届けします!
12月号2回目登場の大津びわ子さんと、ついにわたくし、アヤラ―も登場!埼玉・滋賀編です!
こんにちは。大津びわ子です。
え? 誰なのそれって? 以前、「文芸アリス」で滋賀県を舞台とした『成瀬は天下を取りにいく』の紹介をしたんですけど、お忘れですか。
え? 読んでない? しゃあないなぁ、改めて自己紹介させてもらいます。
滋賀は大津で生まれ、約30年間大津で暮らしました。その後日本を転々としていますが、時々母なる琵琶湖が私を呼び、マザーレイク恋しさに故郷を訪れます。
このたび、なんと、人気映画『翔んで埼玉』の第二弾が、滋賀県を巡るストーリーに仕立てられたと聞き、いてもたってもいられず、アヤラーと一緒に映画館に足を運んだのです。
誰なのそれって? アヤラーのことですか?彼女は埼玉で育ちました。今は東京都23区内に居を構え、東京にかぶれてきていますが、埼玉を心から愛する正真正銘の「埼玉県人」です。アヤラーと私の付き合いは6、7年になりますが、最初会った時からなんというか、「コイツ、同類?」みたいな感覚を互いに持っていたのです。それは、故郷が都会人から蔑まされてきた年月が形成した、一種の「潔さ」のようなものでした。「中途半端な田舎で何が悪い?」みたいな。
しかし、共通の感覚を持っていても、私は埼玉のことをよく知らないし、アヤラーも滋賀のことをよく知りません。で、件の映画を見た後、質問合戦が始まったのです。
びわ子:埼玉では、浦和と大宮は本当にいがみあってるん?
アヤラー:そうですね〜。さいたま市外の田舎出身の私からしたら、大宮も浦和もいいところじゃんって感じなんですけど。さいたま市内でも暗黙の序列みたいなのがあって、特に大宮と浦和はツートップ同士でいがみあってる感じしますね。
びわ子:へえ。複雑なんやなあ。序列化なんてアホくさい。
アヤラー:滋賀では県内で地域同士の対立とかはないんですか。
びわ子:大津が一人勝ちやから。なんつっても、元首都やからね。
アヤラー:え?どういうことですか。
びわ子:奈良から移したんよ、首都を大津に。テンテンが。
アヤラー:テンテン。滋賀にもパンダが?
びわ子:天智天皇やがな。壬申の乱のせいでたった5年半の命やったけど。
アヤラー:そんな昔の話か。でも、天智天皇って超有名人じゃないですか!
びわ子:意外に滋賀って有名人輩出してるねん、西川貴教くんとか。
アヤラー:他は?
びわ子:TMレボリューションとか。
アヤラー:同一人物じゃないですか。それだけ?
びわ子:他に質問はないかね、アヤラーくん。
アヤラー:「とびた」って何者ですか?
びわ子:私らは「飛び出し坊や」と呼んでた。「とびた」は近代的な呼称やな。小学校のPTAのお父さん、お母さんがベニヤ板で作らはる滋賀のゆるキャラや。
アヤラー:PTAの方々が作ってるんですね!ゆるキャラって「ひこにゃん」だけかと思ってました。
びわ子:ひこにゃんの歴史はまだ浅い!
アヤラー:びわ子さんは、映画を観て、埼玉についてどう思いましたか。
びわ子:うーん。今回の映画では、正直、埼玉のインパクトは私には弱かった。ネギは埼玉の特産物?
アヤラー:深谷ネギですね。「ふっかちゃん」っていうゆるキャラもいます。めちゃ有名です。
びわ子:まさか、埼玉の特産物はネギだけってことはないわな?滋賀には飛び出し坊やだけやなくて、鮒ずし、サラダパン、信楽焼のたぬきなどなど、めっちゃたくさんあるんやで。京都に存在すると勘違いされてるけど、比叡山延暦寺も滋賀にあるんや。誰の仕業や知らんけど、三十三間堂や清水寺と同じラインナップにしよってからに…。琵琶湖が京都にあると思てた留学生もおったなあ。どういうことやねん、しかし。
アヤラー:え!お恥ずかしながら、私も延暦寺は京都かと…。だって、京都のガイドブックとかにも載ってるし!
びわ子:「そうだ、京都行こう」のCMにも出てたからな。詐称や、詐称や! 実際は、京都にかかってる部分は瑣末なもんで、ほとんど滋賀の領土内や。親方様が生きてたら物申すで、しかし
アヤラー:親方様って?
びわ子:信長やがな。近江安土に欧州かぶれの城をぶっ建て、神仏を恐れず延暦寺を焼き討ちに。
アヤラー:でもなんか、「滋賀県人」って協調性がありそうというか、穏やかな感じですね。なんだか映画でもそういう描写だったような。
びわ子:十人十色や。でも、琵琶湖を美しくしよう!という啓蒙は小さい頃から公教育でされてるから、琵琶湖をネタにした一体感はあるかもしれへん。京都や大阪に水を提供している自負があるから「しがさく」呼ばわりも「なにほざいとんねん」てスルーできるっちゅうんかな。
アヤラー:埼玉も似ているかもしれません。県内の地域同士ではバチバチやってるけど、なんというか、何を言われても、「ださいたま」をすごく受け入れてるっていうか…。
…と、まあ、アヤラーと私の埼玉・滋賀談義はこんこんと続いたわけですが、この映画を通じて改めて思ったことは、「〜県」「〜県人」という括りでステレオタイプを語るのはナンセンスであることはわかっていても、「ある人間」の背景に「ある地域」が存在し、そのことがその人を面白く見せることもあるんだ、ということです。都道府県を代表しているというわけではなく、その地域への愛着は、その人の人となりを形成する一つの要素となりうるということです。それは、この映画の登場人物のなん人かが、その出自をカミングアウトしているシーンにも現れていたと思います。出自の土地を背負わなくてもいいけれど、アイデンティティを形づくるアイテムの一つとしてもいいじゃないか、と。なぜなら、それは個人の歴史と文化のかけらとも言えるからです。
びわ子:ところで、この言語文化放浪記、トガり方が足りひんのとちゃうやろか。来月から新コーナー作ってほしいと思てんねん。
アヤラー:どんな?
びわ子:「トガりん坊将軍、社会を斬る!」ってどや?
アヤラー:なんすかそれ。
びわ子:世の中の理不尽なことをグッサグサ指摘してバッサバッサと斬ってく、戦国時代風課題発見型エッセイや。
アヤラー:よくわかんないけど、まあ、来年度からでいいんじゃないんすか。まだまだ面白そうな地域の言語文化ありそうだし。知らんけど。あ、この使い方でいいですか、「知らんけど」。
びわ子:埼玉県人にしてはそこそこのまあまあやな。知らんけど。
…というわけで、来年度からは新しいコーナーができるかも! 読者の皆さん、応援よろしくお願いします!
映画『翔んで埼玉~琵琶湖より愛をこめて~』公式サイト:https://www.tondesaitama.com/