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言語文化放浪
〜ジェスチャーと表情は最強!! ハノイ編

放浪者が地域のことばに着目し、風土とともにことばに対する愛をお届けします!

​11月号は特別編で、日本から飛び出したまきこママがハノイに行った時のお話です。

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 コロナ禍が過ぎ去り(実際には終わってないが…)、羽田空港や成田空港は旅行客でごった返している。まきこママもご多分に洩れず、ハノイに行くことになった。3年ぶりくらいの海外。かなり感覚が狂っていた。あ、Wi-fiルーターのレンタル!あ、換金やば!そーだ、旅行保険加入!などなど、次から次へと「あ!忘れてた!」ということが頭の中に浮かんでくる。

 兎にも角にもパスポートの有効期限さえOKなら大丈夫、と、まきこママはベトナム航空で羽田を飛び立った。そして、飛行機に乗るなり、「あ、日本語通じないんだった」と思い当たった。でも、そんなことは全く問題がなかった。二種類の機内食から一つを選ぶときは、乗務員が差し出すメニューの写真を指差せばよい。しかし、ウィスキーロックは「オン・ザ・ロック」でいいんだっけ?これって和製英語?「ソーダもちょうだい」って頼んでおこうか、と悩んでいるうちに乗務員はママの横を通り過ぎてしまった。

 

 ハノイは(ベトナム自体も)、初めて訪れる地だった。空港から出た途端びっくりした。おびただしい数のバイクがイワシの大群のように流れていた。横断歩道が非常に少ない気がした。歩道橋もあまり見かけない。道を渡るときは、「決して走ってはいけない」と現地の人に言われた。「走ったら轢かれるぞ」と。ママが現地の人たちの様子を見て学んだ、道を渡る時の手順は以下のとおり。

 

  1. イワシの流れがなるべく密ではないポイントを狙い、そこまで歩く。

  2. イワシが流れてくる方の手をチョップの形にし、それを180度ひっくり返す(つまり「来るな!」の合図、右下の図)。

  3. 意を決する。

  4. 自分の方に向かってくるイワシ(バイク)の、3,4台後ろの運転手と目を合わせる(実際に道を渡る時にはその運転手と目と目で会話をすることになる)。睨んだり微笑んだりするのではなく、無表情で見つめる。

  5. 再び意を決する。

  6. ゆっくり対岸に向かって、チョップをひっくり返したポーズを崩さずに歩く。

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 滞在中、ママはアプリを駆使してバイクタクシーを呼んだ。何度もタイで乗っているので、甘く見ていたが、ハノイのバイクタクシー乗車は命懸けだった。通勤ラッシュ時の渋谷駅前スクランブル交差点を想像していただきたい。信号が赤から青になった瞬間ドワーッと四方に歩行者が移動する。あっちに渡りたいのに斜めから人が流れてきて、「おっとっとっと」と肩をぶつかり合わせる、あの光景だ。その歩行者を全部バイクに置き換えていただきたい。それが、ママがバイクタクシーのドライバーと「ニケツ」をした時の状況だ。たくさんのバイクが「おいおい、どけよ、どけよ」とばかりにイワシの大群を縫っていくのである。ママは「ニケツ」の後部で貧弱な腹筋を酷使しながら、なんとか目的地までバランスを保った。歩道を走っているバイクもたくさんいる。どうなってるんだ、この街は! そもそも交通ルールは絵に描いた餅なのか!

 

 そんなわけで、バンコクやチェンマイではいいけれど、ハノイでバイクタクシーはやめよう、と決心した。そして、遠出をする時にアプリで車のタクシーを呼んでみた。運よく5分で到着する、とスマホ画面に案内が表示された。しかし、待ち時間は6分、7分と伸びていく。ママがスマホを睨みながら歩道に立っているのをじっと見ている人物がいた。バイクタクシーのドライバーである。柳葉敏郎にちょっと似ている。柳葉はバイクを木陰に停車させ、植え込みに座って足を組み、客を待っている様子だった。昼下がりなので、いかにも暇そうだ。ママは恐怖のスクランブル交差点を思い出し、目を合わさないようにした。しかし、柳葉は何かベトナム語で言いながらママに近寄ってきた。ママが握りしめたスマホを指差し、しきりに話しかけてくる。ママは「私、タクシー待ってるの。アプリで呼んだの」と、英語で言った。が、通じなかった。柳葉は、両手でバイクのハンドルでアクセルを吹かせるジェスチャーをした。ママは首を横に振る。「バイクは危険だから、車がいいの」と英語で言った。柳葉はベトナム語で話し続ける。またジェスチャーでアクセルを吹かせる。「そやからね、車やないとあかんねん」と今度は関西弁で返すママ。英語でも関西弁でも同じことなのだ。そして、両腕で「×」を作って見せた。柳葉はふふん、と嘲り笑う表情で元の木陰に戻っていった。そのままママの様子をガン見している。

 突然、ママのスマホが鳴った。呼んでいたタクシーが到着したという合図だ。だが、アプリに示されたナンバーの車はすぐそこに見当たらない。タクシーのドライバーから電話が掛かってきた。ベトナム語である。「今、どこにいてはるの?」とママ。しかし、もちろん関西弁は通じない。英語を使ってみた。やはり通じない。あたりを見渡し困り果てるママの視界に、柳葉が手招きしている姿が入った。「乗らないって言ってるじゃんよ」とひとりごち、ママは首を横に振る。柳葉は、自分のスマホを指でトントンと叩いてから耳に当てる仕草をした。ん?と思っていると、柳葉が再びママのところに寄って来た。ママからスマホを奪う。そして、電話の向こうのタクシードライバーとベトナム語で話をしてくれた。助けてくれたのだ。柳葉は、大きな通りを挟んだ向かい側に止まっている白い車を指差した。タクシーは反対側に来ていたのだ。ママは、柳葉に深々とお辞儀をした。が、イワシの群れはこっち側とあっち側、すごい幅にわたっている。群れを指差し、「これ渡るのよね?」と声に出さず、柳葉に尋ねるママ。笑いながら深く頷く柳葉。ママは、意を決してチョップの裏返しポーズで渡るしかなかった。

 

 ハノイが特別な地域というわけではなく、いろいろな国、地域から観光客が訪れる場所では、コミュニケーションの手段が課題となる。海外旅行と聞くだけで、簡単に「旅の英会話」をイメージする人は少なくはない。「旅のジェスチャー」という本が存在してもいいのではないだろうか、とママはふと思った。そんなことを考えながら、ママはあてもなく街を散歩していた。のどが渇いてきた。パッションフルーツとかマンゴーとか南国フルーツのスムージー、売ってないかなあと思っていたら、それらしきイラストが描かれた看板を見つけた。個人の家の前で商売をする露店である。

 店の前で夏木マリ似のおばちゃんが細い腕を組んで恰幅のいいおっちゃんと喋っている。メニューとジューサーはあるが、肝心のフルーツ実物はない。注文を受けてから店の奥(家の中)から取ってくるのだろう。夏木マリは、表情が固くて怖そうだった。看板には、メニューらしきベトナム語が書いてある。ママはメニューにスマホをかざした。翻訳アプリで読み込み、日本語で理解しようとしたのだ。「パパイヤとマンゴージュース」発見!! ママはメニューを指差し、「一つください」という意味で人差し指を立てた。夏木マリは固い表情のまま何か話した。わからない。ママは「はて?」と首をかしげる。夏木マリがまた何か話す。「はて?」というジェスチャーを繰り返すママ。突然、夏木マリはママの右手首を掴んだ。ひいっ!!と怯えるママ。夏木マリはそのままママを引っ張って、家の中に連れ込んだ。な、なにをされるんだろう!!ママはパニックに陥った。家の中はいろんなものが置いてあった。古びたソファ、でっかいテレビ、薄汚れたパンダのぬいぐるみ、茶棚などなど。茶棚の上の壁に木製の時計がかかっている。時計の針は午後3時50分を指している。夏木マリは、ママの手首から手を離し、「5」を指差した。

ママは理解した。ジュース屋は「5時開店」ということだ。「ああ!」とママは声をあげ、夏木マリに向かって頷いた。夏木マリはニコッと笑った。とても柔らかな笑顔であった。パパイヤとマンゴージュースはゲットできなかったが、ママはなんだか心が満たされてホテルに帰った。

 

 ジェスチャーと表情は最強である。「外国語が話せない」と怖気付くことはないのである。帰りの飛行機の中で、ママは、乗務員に向かってロックグラスを振って氷をカランカランと鳴らすジェスチャーを示した。しかし、乗務員は「はて?」と首を傾げた。ウィスキーロックをどう身体で表すか、ママは目下研究中である。

※背景とハノイの素敵な街中の写真は、むちむちさんにご提供いただきました。ありがとうございました!!

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