言語文化放浪記
~Mちゃんのこと―京都府綾部市編―
6月号から「文芸アリス」に新連載。
放浪者が地域のことばに着目し、風土とともにことばに対する愛をお届けします!
10月号は、さえりさんがお友達Mちゃんを思い出しながら、
京都府綾部市の言葉について語っています。
京都とひとくちにいっても京都府は実は広く北部にある日本海をのぞむ舞鶴市や国会図書館のある南部の精華町も京都府なんです。だからもちろん言葉も文化もそれぞれちょっと違っています。今回は北部にある綾部市の言葉について書きたいと思います。
綾部市は京都市から車で1時間半ほど北に向かったところにあります。市の中心には由良川が流れ、自然が多くのどかな町です。そうそう、下着や靴下で有名なメーカー、グンゼはこの町で生まれたのです。そんなどこにでもあるような地方の田舎町、綾部市には思い出があります。
まず、2013年から2015年にかけて、日本語ボランティア養成講座の講師として月に何度か通っていたこと、それから、新卒で入社した会社の寮で1年半一緒に暮らしたMちゃんが綾部市出身者だったことです。
わたしは、2001年に大学を卒業すると同時に滋賀県のとある食品メーカーに就職しました。氷河期真っ只中で就職できただけでありがたかったです。しかも、会社の女子寮にまで入れてもらえました。結局2年後にはやめることになるのですが、Mちゃんはその会社での同期で、同居人で、親友でした。あのとき、Mちゃんがいなければわたしの会社員生活は多分1ヶ月も続かなかったことでしょう。
Mちゃんはよく「〜ちゃった」「〜ちゃった」といっていました。「時計壊れちゃった」「遅刻しちゃった」など「〜してしまった」という意味かと思ったら、どうやら少し違うのです。「S先輩、帰っちゃったで」というと「帰ってしまった」ではなく、どうやら関西弁の「〜はる」のような意味になり、少し敬意を表す表現になるようなのです。「課長が明日残業って言うちゃった」とか「お客さん、また来てくれちゃった」のように使うのです。この言い方は京都府北部とその付近で広く使われているようで隣の舞鶴市では「ちゃった祭り」という祭りまであるということです。まあ、ランドマーク的語彙とも言えるでしょうか。
他にも「そうだよね」という言い方、関西弁で言う「そうやんな」はMちゃんに言わせれば「そうやが」でした。「給料あげてほしいよな」「ほんまそうやが」というような感じです。Mちゃんは職場ではそんな言葉は使わず、標準的な関西弁で話していましたが、寮生活では綾部弁でよく話していました。わたしも言葉の鎧を脱いで、家族のように接していました。Mちゃんは緊張しっぱなしの新入社員生活のオアシスのような存在でした。
何より驚いたのは「うら」という言葉でした。「裏」といえば家の「裏口」とか紙などの「裏表」などのように使うのですが、「後ろ」と言いたいときも「うら」というのだそうです。「先生が学校でプリント配る時は『うらにまわして』って言うちゃってやで〜」と言ってMちゃんは教えてくれました。それを聞いたとき、思わず「ほんまなん?!」って言ってしまいました。今調べたところによると「チャリのうらに乗って」とか「うらから誰かついてきとるで」などというふうに使われるそうです。これには驚きました。
Mちゃんとは会社にいる間も、やめてからも仲良しで、どちらかの部屋で仕事の愚痴を言いながらビールを飲んで鍋をしたり、寮の風呂が壊れたときは自転車を飛ばして銭湯に行ったり、休みをとってタイに旅行に行ったりしたものでした。その思い出のなかのMちゃんはいつも綾部弁を話しながら笑っているのです。そうそう、Mちゃんの高校時代のお友達のおうちに遊びに行ったこともありました。そのときの会話には綾部弁の花が咲いていました。
会社をやめてから少し会ったりしていたけれど、最近、めっきり会わなくなってしまったMちゃん。仕事で綾部に通っていたとき、「ここがMちゃんを育んだまちなんだなあ。想像通りだ」とMちゃんのことを思い出していました。今も元気にしているだろうか。