
ひつじのおにく
6皿目
無駄ってなんだろう
前回は、ひつじフェスでいろんなひつじ料理を食べた白石と黒崎。今回は寒いので、あったかそうなモンゴル料理屋さんにて、ひつじ料理を食べて体を温めることにしました。
白石:念願のモンゴル料理だね!今日、モンゴルのお土産でもらったセーター着てきたよ。
黒崎:おぉー。もう準備万端ですね!!セーターに導かれた感じもしてきますね。
白石:もう今日は塩茹で羊肉は絶対だね!あとは、このゴリルってやつもつけちゃおう。
黒崎:この羊胃袋の酢モツ、めっちゃ気になるんですが、頼んでしまってもいいですか?
白石:胃袋?食べたことない!注文しよう!
・・・・・・一通り料理が届く。手袋とナイフ付き。・・・・・・・
白石:お〜!きたきた。これ、私が骨から肉、削ぎ落としちゃっていい?
黒崎:え、いいんですか??ありがとうございます!
白石:あ、これ結構切りやすいよ。どこの部位なんだろうね〜。羊って無駄がないっていうじゃん。このつけダレも羊のダシみたいだよ。
黒崎:うわ、なんか美味しいなーとは思いましたが、羊でしたか!どおりで・・・。そういえば、羊が無駄ないとかなんとかってなんかそれ、前も言ってましたよねぇ。
白石:無駄といえばさー、最近部屋を片付けたくて、いろいろ捨てようとしたんだけど、自分の物捨てるのって難しくない?他人の物だったら、これは無駄、いらないでしょ、ってすぐ判断できるのに。なんで自分のはできないんだろ。
黒崎:難しいですよねぇ。今はハマっててとても大事、とか、あとで必要かも…とか考えちゃって。他人のだと「それ要らないんじゃ」…って思うのもあるあるかもです笑
白石:そうそう。思い出というか、思い入れがあるからなー。人の物にはそういう感情ないから、客観的に要らない!って無情になれるのかも。自分に対しても無情になればいいのかな?
黒崎:あっそういえば、先日、断捨離したのですが、過去で「必要かも〜」って手放せなかったものを「今は要らないじゃん!全部捨てちゃえ捨てちゃえ!」って捨てちゃうモードに入ってました笑 これって過去の自分に対して客観的に無情になってるってことでしょうか?
白石:え、すごい!鬼無情客観モードじゃん。捨てすぎて後悔したりはしてない?
黒崎:あまりないですねぇ・・・もう要らないと割り切ってしまったので。でも、もう交流のない友人から小学生時代にもらった年賀状とかは「後悔しそう」という理由でとっておいていますね。
白石:え、逆に?今も仲いい友達のとかじゃなく?
黒崎:捨てたものは今とかこれからでも取り戻せるものですが、過去の友人との思い出とかは取り戻したくても無理なので…って感じですかねぇ。
白石:なるほど~。おもしろい。私だったら捨てちゃうかもとか思ったんだけどさ、なんか何を残して何を捨てるかって、その人の価値観がかなり反映されてる感じがする。
黒崎:こうなると、「無駄」って感覚がどこから来ているのか不思議になってきますねぇ。
・・・・・・ゴリルと塩茹で肉を合わせて食べる。モチモチ。チャツァルガンサワーが進む。・・・・・・
白石:そうだよねー。物だったらまだいいけどさ、それって時間の無駄じゃない?とか他の人に言われると、けっこうイヤじゃない?自分で自分の行動に対して思うことは結構あるけど・・・。
黒崎:たしかに。人に言われると嫌だなぁー。ただ、自分の行動とか過ごし方で「無駄だったなぁ」って思うことがあんまりなくって。白石さんはどんなときに思いますか?
白石:私よくあるんだよなー。出先で天気のせいで身動き取れなくなったときとか、自分のせいだけど忘れ物取りに家に戻る時とか・・・。黒ちゃん、全然ないの?
黒崎:ないですねぇ…。なんかレアな体験したぞ、とか、じゃあ戻る時間で好きな音楽聞いちゃお、とか、その時発生する体験?イベント?を楽しんでしまうので、「無駄だったなぁ」とはならないんですよね。
白石:えぇ・・・すごい・・・!もしかして、無駄か無駄じゃないかは自分が決められる・・・ってコト!?
黒崎:たしかに、自分が遅れて友達を待たせている時は、「めっちゃ時間を無駄にさせてしまった後悔!申し訳ない!!」ってなっていますが、もしかしたら相手も私と同じく気にしていない可能性があるし、その逆も然りですよね・・・?
白石:他の人のマイナスに対してはごめんね、って感じではあるんだね~えらい。
黒崎:へへへ・・・出先で天気のせいで身動き取れなくなったって、先ほどおっしゃっていましたが、それはどんな感覚で「無駄」って思いましたか?
白石:えーなんか、この前は旅先のお土産屋さんにいたんだけど、散々吟味してお土産も買い終わったから、その場でできることがもうなくってさ。この時間無駄だ~!ってなった。
黒崎:なるほど。旅行であれば、何かしら体験して時間の価値を高めたいって気持ちがより強くなりますもんねぇ。普通の買い物とかで足止めよりも、時間が持ってる価値が大きいだけに、空白の時間が無駄に感じやすかったのかもしれませんね?
白石:たしかに!今思うとなんらかの理由付けもできたと思うけど、黒ちゃんみたいに上手にできなくて、無駄って思っちゃうのかも。あー、なんか、自分の理由付けとか価値付け次第で無駄にも有意義にもなるから、他の人に時間の無駄って言われるとイヤのかな。
黒崎:他の人から見たり、自分が過去の自分をまなざしたりするときには「無駄」って思うものも、その人自身やその時の自分にとっては、それがとっても大事なんですよね。
・・・・・2杯目のチャツァルガンサワーを飲み始める。酢モツと合う。・・・・・・・・
白石:物も結局そうだよね。ほしくて買ったものとか、誰かとの思い出の品とか。私、いらないもの捨てたいモードの時もあれば、かわいいものどんどん集めたいモードの時もあって・・・その時は、かわいいもので無駄なものなんてなくない?超大切!ってなっちゃう。実用性とか無視。
黒崎:モード2つあるのわかります!私の周りが物多すぎて、もう嫌!ミニマリストになる!っていう鬼断捨離モードと、グッズでも何でも欲のまま集めてまえ〜ってモードと笑
白石:黒ちゃんもそうなんだ!かわいいものもだけど、二度と聞かないCDとか、もう読まない本とかも捨てられなくって。でもこれって私を形作ってきたものっていうか・・・こういうのが無駄無駄~って捨てられちゃったら、最終的に、え、私がなくなっちゃう・・・?
黒崎:自分から無駄を削ぎ落としていったら、何が残るんでしょうね・・・。人間という最小の骨組みがあって、私たちは無駄という自分の個性、幸せを最大化して肉付けしながら私を形作っているのでしょうか・・・。ん?「無駄」ってもともと存在しているわけではない?
白石:つまり、無駄こそ自分・・・ってコト!?
今日のシメ
「無駄」って、元々あるわけじゃなくて、客観的な視線が生むものなのかな?
過去の自分にとって価値があるものでも、冷静になった今の自分から見ると「無駄」だったりする。他の人から見て「無駄」なものでも、自分にとっては価値があったりする。
だから、本質的に「無駄」なものなんてないし、私たちって「無駄」でできてるのかも?
今回、白石と黒崎はモンゴル料理屋さんで羊の塩茹で肉とゴリル、羊の胃を使った酢モツ、そしてチャツァルガンという不思議な果物のサワーを堪能しました。
断捨離をした白石と黒崎の体験談から、「無駄」とは何かについて語り合いました。
議論の末、二人は「無駄」というものはそもそもあるのか、何が「無駄」を「無駄」たらしめるのかを確認したのでした。
みなさんは、どんな時に「無駄」だと感じますか?二人が言うように、「無駄」なもの/ことなんて、本当にないんでしょうか?