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#04

変わらないという生き方―手塚治虫『シュマリ』

​三代純平

2019年、アイヌ民族支援法が国会で成立、施行された。重要なのは、アイヌ民族が日本の「先住民族」として法律に明記されたことだろう。単一民族国家神話の根強い国が、公に多民族国家であることを認めたということの意義は大きい。

手塚治虫の『シュマリ』は、アイヌ民族支援法制定から遡ること、150年、1869年に物語の幕があける。函館戦争、いわゆる五稜郭の戦いで柄本武揚、新撰組鬼の副長・土方歳三(『ゴールデンカムイ』よろしくもちろん『シュマリ』にも登場)率いる旧幕府軍が新政府軍に敗れ、蝦夷共和国の夢が散った直後の北海道が舞台である。シュマリ(アイヌ語で狐)を名乗る和人(シャモ)の不器用な半生を描いた物語だ。それは、冒頭のシーンに象徴されている。シュマリは、五稜郭の残党狩りを返り討ちにし、囚われていたアイヌの娘をコタン(村)に送り届ける。途中、娘は狼に襲われ命を落とすが、それでもシュマリは、追手の待ち伏せするコタンへ娘の亡骸を届ける。「くそったれめっ、おれという人間はどうしてこんなんだろう、いったん送ると決めた以上はどうしても送らなけりゃ気がすまん!」。

ときは文明開花、北海道は開拓の機運に湧く。炭鉱で賑わう一方、アイヌの土地は奪われ、水は汚染されていく。文明開花は気に食わんとひとり黙々と土地を耕すシュマリは、親を和人に殺されたアイヌの子、ポン・ション(ちいさなウンコ)を育てる。失われていくアイヌの文化に寄り添い、時代の変化に抗い、ただ自分の生き方を頑なにつらぬくシュマリという男にどうしようもなく憧れてしまう。

変わらないことが正しいことだとは思わない。ただ時代の流れに取り残されていく自分自身を投影し、慰めにしようとも思わない。シュマリもまた、自分が正しいと考えているわけではない。シュマリは、ポン・ションに東京に進学し農業を学ぶように進める。ただ、自分は、空に漂う雲のように生きたいと思うだけなのだろう。シュマリが妻のお峰と開墾中の畑に寝そべり空を見上げる場面は、この物語のもっとも美しいシーンだ。

別にシュマリのような研究者になりたいともなれるとも思わないが、周囲に流されずに自分の知りたいことと伝えたいことに真摯に向き合いたいと思う。自分がぶれそうになると10年に1度くらい『シュマリ』を読み返したくなる。思えば、自分がライフストーリー研究で学術振興会の特別研究員になったとき、周囲からは、こんな研究で特別研究員になれるなんて、時代は変わったねと言われた。その後、空前?の質的研究法ブームで、ライフストーリー研究がどうすれば、論文として採択されるのかという話題を振られることも多くなった。もちろん採択されることは重要で、そのために模索することは大切だと思うが、私は論文が採択される方法を考えて研究をしているわけではないとどうしても言いたくなる。最近は、研究の発展ととるか、ゆりもどしととるかはさておき、エビデンスに基づく研究の議論が盛んになってきた。多分、私の専門領域とする日本語教育でもこの議論が盛んになってくるのだろう。その中で、質的研究もより科学的なエビデンスを求められる方向になっていく気がしている。それはそれでいい。ただ、たぶん、自分はその議論には乗っかっていかないだろうと思う。その能力もないのかもしれない。私のやりたいことは、人の話を聞いて、その小さな声、小さな物語を記録し、伝えていくということだけだ。アイヌとともに生きたシュマリのようなマジョリティに迎合しない生き方を、ライフストーリー研究という形で伝えていく。そして、そんな生き方が肯定される、あるいは否定も肯定もされずにただ受け入れられていく社会に向けて何かしら寄与することができれば、自分が研究を続ける意味があったときっと思えるだろう。

『シュマリ』を読むと、自分が研究する意味とこれから続ける意味をそんなふうに確認できるのだ。伝えなければならないと自分が勝手な思いに駆られる物語がある。だから、私は、これからもただ、それを伝えるということを続けていくんだろうと思う。

紹介した人:みよ じゅんぺい

紹介した本の情報はこちらから(Amazon)

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