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言語文化放浪記 
〜コミュ力最上級・食いだおれの街に
脈々と継がれるボケとツッコミのDNA

6月号から「文芸アリス」に新連載。

放浪者が地域のことばに着目し、風土とともにことばに対する愛をお届けします!

​9月号は、関西出身のまきこママが久しぶりに会った友人との再会から始まります。

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 つい最近、大阪時代の友人が、茨城県にまきこママを訪れ、マシンガントークが3日間昼夜ぶっ続けに及んだ。横隔膜が引きつるほど、まきこママは笑った。

この感覚、ほんまに久しぶりやわ…。

声にならない心のつぶやきも大阪弁になっていた。

 

 かつて、まきこママは食いだおれの街、大阪で生活していた。学生時代もOL(今や死語)時代も、子育てをスタートしたのも大阪だった。それはそれは、特別な街だった。何が特別だったかというと、食べ物がなんでも美味しいということではなく、とにかくいろんな知らない人が話しかけてくるのだ。

 

 ある日、スーパーの野菜売り場で。

「お姉ちゃん、これ、どうやって食べんの?」

1個のアボカドを片手で鷲掴みにしたおばちゃんがママに、笑みも浮かべず尋ねてきた。

「ええっと。そうですね、真ん中に切り込みを入れてぐるっと回して…」と、ママはまともに返答した。

 

またある日、スーパーのレジに並んでいる時のこと。

すぐ前のおばちゃんが、いちご1パックと牛乳1パック(カゴの中身は、それで全部)の会計を待っていた。レジ係のお姉さんが1枚レジ袋を渡すと…(まだ無料でレジ袋をくれていた時代だ)。

「2枚ちょうだい」とおばちゃん。

「え。2枚使わはります?」とお姉さん。

「いちご横やろ、牛乳は縦やん、なあ、お姉ちゃん」と、後ろを振り返ってママに同意を求めるおばちゃん。

無言でレジ袋を追加するお姉さん。「牛乳、横!その上にいちご!」と心の中でおばちゃんにツッコむママ。

 

そんなことが毎日起こり、ついにママは気づいたのである。自分にはコミュ力が不足していたことを。それは、おばちゃん同士の何気ない会話に偶然出会った時だった。ママは広めの歩道を歩いていた。向かいからおばちゃんが自転車に乗ってやってきた。自転車のおばちゃんとすれ違うとすぐに、背後から別のおばちゃんの声がした。

「ちょっと、奥さん。開いてんで」

キーっと自転車が止まる音。ママは振り向いた。ママの背後を歩いていたおばちゃんは、自転車のおばちゃんの股間を指さしていた。自転車のおばちゃんの、全開のズボンの窓を指摘していたのだ。微笑みを交わしていないところを見ると、二人は知り合いではないらしい。自転車のおばちゃんは言った。

「いやーん、開けてたのに」

 そこで初めてワハハと笑い合う二人のおばちゃん。なんという愉快なコミュ力。上級者である。

 

 また別のある日。ママは友達とジャンジャン横丁に串カツを食べに行った。通天閣付近のお土産屋のおばちゃんが二人に尋ねてきた。

「お姉ちゃんら、体重なんぼ?」

ママと友達はむっとしてお土産屋を通り過ぎた。

が、コミュ力の不足に気づいたママはあのお土産屋のおばちゃんへの対応を猛省した。こう返すべきだったのだ。

「うーん。最近太ったし、1トンくらいかなあ」と。きっとお土産物屋のおばちゃんは「1トンか、まあ、あんたらの年齢にしたら平均やな。知らんけど」と返してきたはずだ。

猛省後、ママは頑張った。知らない人に時々冗談をふっかけてみたり、冗談を振られたら素敵にボケてみたりした。それが日常となった。

 

東日本で暮らしている今、ママはしばしば空振る。大阪で暮らしていた頃のように、初対面の人に「○○さん、吉田栄作を100回くらいシバいたぐらい男前ですねえ」と言っても相手は笑ってくれない。笑ってくれないどころかムッとする。せっかくツッコミの機会を与えてんのに何してるん、コイツ…。とママは呆れ返った。

「失礼ですが、ご年齢は?」と聞かれて「今年、成人式です💓」と答えても、真面目に白けられる。そこは、「日本の法律変わったん?半世紀生きてやっと酒飲めるんや」とツッコむところやで、しかし。(「…やで、しかし」は言わずと知れたやすし師匠のお決まりのフレーズである。「そんなん説明されんでも常識や! 知らんけど」という声が西の方から聞こえる。堪忍やで、しかし。)

 

ママは、西から東に移住して来てから、自己紹介をする機会があっても、誰一人笑いを取りに行かないのが不思議で仕方なかった。みんな、なんのために自己紹介の機会を与えられていると思ってんだろう?と首を傾げた。ママは、自己紹介の予定があると、電車の中でウケを狙ってネタを考え、乗り過ごすことも多々あるというのに。

東日本にはコミュ力上級のおばちゃんは、あまり生息していない。そういえば、真の「オカン」も生息していない。まきこママは関西生まれ関西育ちだが、母親は東京出身者なので、子どもの頃、友達の家に遊びに行くと、ナチュラルにボケとツッコミができるオカンの存在が本当に羨ましかった。親がおもろいから子もおもろいんやな、と納得した。

 

マシンガントークの友人が「ほなまた」と去ってから、横隔膜のよじれは元に戻った。大阪は、食いだおれの街として有名だが、最上級のコミュ力を誇れる街だったとママはしみじみ思う。大阪にはボケとツッコミのDNAが脈々と受け継がれているのだ。知らんけど。(了)

 

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