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言語文化放浪記
〜魅力度ぶっちぎり最下位の地域から“いばダ”

6月号から「文芸アリス」に新連載。

放浪者が地域のことばに着目し、風土とともにことばに対する愛をお届けします!

​8月号は、北海道から関東に戻ってきたまきこママが茨城で車を走らせていた時のお話です。

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 北海道は、どこかの調査によると2023年都道府県魅力度ランキング1位だったらしい。まきこママは、その結果に何の不満もない。さらに、最下位が茨城県であることにも一切文句はない。

 ママがそのランキングについて感想を聞いた茨城ジモティーは、むしろ最下位であることを喜んでいたりする。当該ランキングが発表された直後、ママは奇妙なものを目にした。それは、茨城空港だった。到着フロアのターンテーブルに最初に流れてきたのは、三角錐の形をした案内で、そこには「祝・最下位奪回」と書かれていた。茨城県は、2022年佐賀県に最下位の座を取られていたのだ。

 何が一体魅力度を下げているのか。それについても茨城県内では大した議論はないような気がする。もちろん、魅力度アップのために奮闘している人たちもいるだろう。だが、その必要性を感じていないのが茨城の魅力である気もしないでもない。

 

 そんなことを考えながら、ママは茨城県の一般道を運転していた。国道6号線はそこそこ混んでいる。対向車線の水色のスペーシアが右折のウィンカーを点滅させている。運転しているのはきついパーマのおばちゃんだ。右折レーンがないので、後に車が溜まりだしている。ママはライトを一瞬ハイビームにしてパッシングし、スペーシアを右折させる。強パーマのおばちゃんは、ハンドルにおでこをぶつけそうなほど頭を下げて右折して行った。しばらく6号線を走らせていると赤信号につかまった。対向車線の一番前で待機している、古いスカイラインが右折ウィンカーを点滅させている。運転しているのは、ヘアワックスでツンツンに髪の毛を逆立てた小太りのおっさんだ。なんとなく、ふてぶてしい印象。信号が青に変わっても、ママは今度は右折をさせる気にならなかった。

 しかし、である。信号が青になった瞬間、そのスカイラインは、パッシングをしたかと思うと、ぶおん!と強引に右折して行った。呆気に取られるママ。

 

 「逆じゃないの?」

 

 ママは唖然としながらアクセルを踏む。対向車線の右折車に向けるパッシングは、「どうぞ」とこちらが譲る合図。直進車を差し置いて右折車がパッシングとともに右折するって、そんな。

 

 後日、ママは茨城県で行きつけの寿し屋のマスターに、スカイラインの話をした。

 

 「それ、“いばダ”だ」

 「え?」

 「茨城ダッシュを短くしたやつだっぺ」

 

 あーあれが。とママはつぶやく。赤信号から青信号に変わった瞬間猛ダッシュで対向車線の直進車を制して右折するという交通マナー違反である。

 

 茨城県は、語彙の方言というものがあまりないとママは感じている。アクセントとイントネーションはめちゃくちゃ特徴があるけれど。“いばダ”は方言ではないが、マナー違反用語としては「地のモノ」だ。茨城県民=運転マナーが悪いという印象を与えてしまう言葉と言えるだろう。

 いや待てよ。茨城県では魅力度最下位を喜ぶ声も多い。“いばダ”は、マイナスイメージのふりをして、実は茨城県の自虐的な誇りを表す言葉ではないだろうか。負の印象により他者にインパクトを与えているのは確かである。しかし、その負の質は、万人から嫌われる種類のものではない。「しょーがねーな、まったく茨城は」と、笑われながら呆れられる、「イケてないけど悪いやつじゃないから憎めない友達」のような質感を持つ言葉なのだ。ママはスカイラインの小太りのおっさんを思い出す。スカイラインは日産の名車である。そのスポーティなボディに惚れ惚れする輩は多い。あのおっさんのスカイラインはかなり古かった。きっと大切に大切に、20年は修理を繰り返しながら乗っているのだろう。スタートゲートを目の前にしたサラブレッドの騎手が、ゲートが開いた瞬間馬を勢いづけるように、おっさんはスカイラインに“いばダ”をさせたのだろう。「しょーがねーな、スカイライン」と、ママはつぶやいた。ママ自身はゴールド免許をキープしたいので、“いばダ”をする気はさらさらないが、茨城の「最下位? それが何か?」という態度が大好きなのである。

 

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