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​第6回

他者と未来のことを考える大人

 

お客様:茨城大学 大学院生 夏浩さん 

 

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新しい年が明けたが、いまだにコロナ禍は続いている。だけど、忘年会や新年会は戻ってきた。スナックまきこも閑古鳥が鳴き続けることはなくなったが、繁盛しているわけではない。これまで同様、常連さんに生かされている場末のスナックであることには変わりない。

もうすこし、若いお客さんが増えないかしら、とママは独りごちる。スナックはオッサンたちだけのものではない。いろいろな世代が酒を酌み交わし、共に唄い、語らい合う、そんな公共空間にしたいとママは思う。オッサンたちの世間話も面白いには面白いが、若者特有の青臭さが店のzを浄化してくれることもある。

 

 そこへ救世主登場。から〜んと熊除け鈴が鳴り、少しおどおどしながら細身の青年が現れた。

 

ママ:あら! 夏さんじゃないの。いらっしゃい。

夏:こんばんは。

ママ:初来店ね。

夏:これ、お土産です。

 

 コンビニの袋をママに手渡す青年。袋の中には、元気の良さそうな濃い緑色の春菊がたくさん。15センチほどの赤い唐辛子もたくさん。

 

ママ:うわー。

夏:僕が畑で育てました。

 

 夏さんは、現在28歳。中国は四川省から日本にやってきた。最初は東京の日本語学校で日本語を勉強していた。コロナ禍だったので、通常2年で卒業するところを2年半かかった。その後、茨城大学大学院に入り、今は修士課程で情報工学を学んでいる。研究や就職活動に忙しい毎日だが、キャンパスの近くに畑を借りて野菜づくりを趣味としている。

 

ママ:おいしそうな野菜たちね〜。鍋料理に使わせてもらうわね。さて、何を飲む?

夏:えっと。中国の白酒(ぱいちゅう)ありますか。

ママ:あるよ! ロックね?

 

 スナックまきこにはたいがいの酒はある。でも、「森伊蔵」とか偉そうな高級酒はない。白酒は中国の焼酎で、アルコール度が40℃ほどある。夏さんは結構イケる口である。

 

ママ:夏さんはどうして留学したの?

夏:外の世界を見たいと思ったからです。

ママ:なぜ、日本を選んだの?

夏:小学生の時、「カードキャプターさくら」って日本のアニメを観てたら、道沿いに満開の桜の木が並んでいる風景が出てきて、いいなあって思ったんです。その頃から日本に行きたいと思っていました。

ママ:ずっと前から工学を勉強したいと思っていたの?

夏:高校の時は、理系より文系の方が成績がよかったんです。でも、男だから理系に行こうと思ったんです。

ママ:男だから?

 

 理系=男、文系=女。そういうイメージは至る所で根強いんだな、とママは思う。

 

ママ:就職活動、どう?

夏:頑張っています。

 

爽やかだ。どんな会社でもうまくやっていけそう。

 

ママ:夏さんなら、いろんな人とうまくコミュニケーションとって仕事も順調にいきそうね。

 

そういえば、夏さんはどうやって大学近くの畑を借りられたんだろう。どうして野菜づくりが好きなんだろう。

 

 白酒ロックをゆっくりと口に運んでいる夏さんに、ママは問いかける。

 

ママ:どうして野菜づくりしてるの? よく畑、借りられたわね。

夏:なんか、「血」が。

 

 夏さんは、自分の左手首を右手の人差し指で示し、「血が」と繰り返す。

 

ママ:血…。血?

夏:野菜をどうしても育てたいって。生きてるって感じがして。

ママ:「血が騒ぐ」ってやつか。

夏:最初、市役所に行って畑が借りられるか相談してみたんです。そうしたら、希望者の数が結構あって、借りられる可能性低いかもって思ったんです。それで、市内の地図を見て、どこか大学の近くに畑がないかなって探しました。で、実際に見つけて行ってみたんです。そして、畑にいたおじいさんに声かけました。

ママ:畑貸してくださいって?

夏:はい。でも、そのおじいさんの畑には余ってる場所がなくて。そのおじいさん、近くに住んでる自分の先輩に聞いてくれたんです。そしたら、いいよって言ってくれました。

 

 なんという交渉力。異国の地で地元民に直接声をかけ、土地借用に成功するとは。

 

夏:お年寄りは親切です。

ママ:畑仕事ってしんどくないの?

夏:大変だけど、楽しいです。タネを植えてから収穫までのプロセスが。野菜の成長が見られるので、楽しいです。採れた野菜を周りの人たちにあげるのも楽しい。それに、畑を貸してくれているおじいさんと話しながら作業したりも楽しい。おじいさんの野菜の世話を手伝ったら、キャベツの苗とか青梗菜とかくれたりして、嬉しいこともあります。

 

 ママは今回ばかりでなく、夏さんから玉ねぎやパクチーをもらったことがある。

 

ママ:いいわねえ。夏さんは人間関係作りが上手だわ。

夏:そんなことないですよ。

 

 夏さんは、いつも落ち着いている雰囲気で、ガツガツタイプには見えない。でも、大学内だけではなく、地域の人たちとも自然にネットワークをつくることができる。

 

ママ:夏さんは将来どうしたいの? 日本の企業に就職するんでしょ。ずっと日本にいるの?

夏:うーんと、就職して、結婚して一戸建ての家を買って、庭で野菜を育てたいです。でも、ずっと日本にいるのかって考えると…。中国に親がいるし、どうしようかなって思います。でも、日本で2、3年仕事して帰国するっていうのは、勇気がいります。中国に帰ってから仕事が見つけられるか心配だし。

ママ:そうよね。将来なんてわからないわよね。今は、修士を修了してこの日本で仕事に就くことが目標よね。

 

 若者に「将来どうするの?」と安易に聞いてしまう自分を反省するママ。自分こそ将来どうするのだ?と自分にツッコミを入れる。考えてもその通りに行くわけもない。

 

ママ:一つ、聞きたいんだけど。

夏:なんですか。

ママ:夏さんにとって、大人ってなに?

夏:自分で自分の責任とれる人ですかね。

ママ:責任か。

夏:自分のことだけ考えるんじゃなくて。家族のことや周りの人のことを考えられる人。未来のことも。

 

 ママは、夏さんの言葉を反芻する。日本で生活し続けるのか、中国に帰るのか。自分以外の周りの人たちのことも考えると、簡単には決められないよねえ。でも、未来のことを考えることからは逃げられないよねえ。目標をつくって、そこに向かうエレベーター。そのプロセスで失敗するのは当たり前。目標が変わるのも当たり前。長いプロセスでちょっとずつ成長していくのかもね。野菜の成長を喜ぶように、自分の変容もいつか喜べるかもしれないね。

 

 夏さんが熊除け鈴を鳴らして帰ったあと、ママは唐辛子を入れて沸騰させた鍋に味噌とみりんを入れて煮立て、春菊と豆腐を投入し、一人鍋を楽しんだ。白酒を陶器のカップに注ぐ。かなり自分勝手に自由に生きているママ。たまには周りの人のことも考えようか。夏さんから大人とは何かを学んだ、真冬の夜であった。

 

スナックまきこの「大人へのエレベーター」。次にスナックを訪れる若者は誰だろう。その若者はどのような大人へとつながるエレベーターを選ぶのだろう。乞うご期待!

 

(了)

文責 東のマキコママ

​イラスト 西のマキコママ

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