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​第一回

一生夢を語れる大人

 

お客様:大手通信事業者 社員 村上一馬さん

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巡り巡ってまた4月。何かが終わり何かが始まる時である。

迷路のように入り組んだ路地の一角。古びた5階建ての小さなビル。1階の金物屋が閉店したのをきっかけに、最上階の「スナックまきこ」がそのあとに入ることになった。

路面店は街行く人たちからすれば、入りやすくはあるが、スナック文化を楽しむ輩は、もはやほとんどが高齢者と言ってよい。多くの若者にとって、スナックは「ごくたまに上司や先輩に連れて行ってもらう」非日常的な空間となった。

 

 しかし! まきこママは、路面店に引っ越したのをきっかけに、店主自ら口コミで若者を店に呼び込んでいる。なぜなら、コロナやプーチンに世界を掻き乱されている今、これからこの世界を渡り、社会をかたちづくっていく若者たちが何を感じているのか心底知りたい!と思うからだ。もしかして、ひどく悲観している若者が多いんじゃないか、自暴自棄になってやしないか、とお節介に近い感情がママの中でモヤモヤしている。

 

 カラン、カランとドアベルが鳴る。レトロな真鍮製ならおしゃれなのだが、ドアの内側のフックにぶら下がっているのは、渓流釣り用の熊よけ鈴である。

 

村上:こんばんは。

 

 30代前半の短髪の男性がカウンターチェアに腰掛ける。アスリートタイプで清々しい。周りの空気がシャキッと締まる感じがする。

 

ママ:ああ、いらっしゃい、村上さん。

 

 ママはウィスキーのロックを村上さんの前に置く。

 

ママ:火力発電のお仕事、今も続けているの?

村上:ああ、ママ、言ってなかったですね。実は転職したんですよ。

まま:うぇッ!!

 

 村上さんは大手総合商社の社員だった。インドネシアのジャワ島に3年間駐在し、火力発電の開発に従事していた。

 

ママ:あの会社は、村上さんの志望の会社だったんじゃ?

村上:そうですねえ、高専の学生だった時に絶対そこ入るって決めてたぐらいなんですけどね。

ママ:なぜその総合商社だったの? そういえば、なぜ高専?

村上:インフラの仕事したくて。だけど、もともとは飛行機のパイロットになりたかったんです。宮崎に航空大学校っていうのがあって。そこ入る学生、高専出身者が多くて、それで高専に。高専では都市工学科に所属しました。いわゆる土木工学です。

ママ:土木工学。それがインフラにつながってるのね。

村上:土木って、サイコーです。工学の中でも歴史が一番古くて経験則が軸になっているし、いい意味でアナログなんですよ。あらゆる産業に関連する土木工学を学ぶといろんな産業が理解出来るんです。とってもとっつきやすい学問でした。

ママ:そうなんだ…。

 

 工学という分野と関係なく生きてきたママはポカンとしてしまう。だけど、土木工学の魅力を語る村上さんにめちゃくちゃ興味をそそられる。

 

村上:そんなわけで、大学に編入して土木工学を専攻して大学院に進みました。高専でもサッカーをやってたんですけど、部活と受験を両立し、その総合商社に入るという目標のために阪大にチャレンジしました。昔から勉強とサッカーが大好きでした。それしかやらなかった。

 

ママ:うーむ、そうなんだ…。

 

 えっと、高専に入学した頃は16歳ってことよね。その年齢で目標の就職先があって、大学編入も果たして、その大学選びも就職につながっている。いやー、私なんてその頃ぼーっとしていた。就職に関する具体的なことなんて何も考えてなかったよなあ…。夢をはっきりと描けていなかったよなあ。高校生の時は、大学生になったら旅行とかサークルとか、大学生らしい遊びをなるべくたくさんしたいな、なんて甘いことばかり考えていたっけなあ。

 

ママ:火力発電の仕事がしたかったの?

村上:いいえ、電力以外を希望してました。水の仕事がしたかった。日本の技術を海外に持っていって開発を手掛けたいと思っていました。

ママ:水ではないけれど、火力発電もインドネシアに日本の技術を持っていったのよね。

村上:いい意味で裏切られました。海外での電源開発に総合商社がなくてはならない存在でその事業に関われたのは今でも私の誇りです。

 

 村上さんはそっとグラスを傾ける。氷とグラスが軽快にぶつかる音が響く。

 

ママ:それで、どこに転職を?

村上:通信事業者です。

ママ:へえ! 今度は何を?

村上:宇宙産業です。

ママ:スケールでかっ!

村上:わかりやすく言えば、地球全体を1000機の周回衛星でカバーして、空から通信を届けるって事業です。

ママ:へ?

 

 ママの想像が及ばなくなっている。規模が超特大なのである。

村上:今もね、静止衛星が宇宙に浮かんでるわけですが、地球から遠いんですよ。もっと地球の近くに通信衛星や基地局を搭載した無人飛行機が飛べば、世界中色んな所に空から通信を届けることができる。世界中の人やモノにインターネットを届けられる世界が実現するはずだと信じてます。

 

 視点が定まらず遠い眼差しのママ。

 

村上:未知の産業ですね。今、私が目指しているのはこの宇宙産業を日本の主力産業にすること。そして、デジタル技術を使って、現在のトレードオフ社会を脱却して、人々が歩みたい人生を歩めるトレードオンの社会を実現することです。

 

 「トレードオフ/オン」は聞いたことあるぞ! と、視点を村上さんに定め直すママ。何か/誰かが益を得ることで何か/誰かが犠牲になるのがトレードオフ。そうではなく、何も誰も犠牲にしないのがトレードオンだ。「人々が歩みたい人生を歩める」という村上さんの言葉に、グッと胸をつかまれる思いのママ。

 

ママ:自分の歩む道を自分で選びとっていくって本当に大切だわね。だけど、それには相当な勇気がいるわよね。転職って怖くない?

村上:怖いですよ、もちろん。だけど、プレッシャーがかからないと成長しないと思います。だから、前の会社を辞めました。7年10ヶ月いて、もうここで自分には何でもできると思いました。プレッシャーが不足してきたんです。

ママ:なんてストイック!!

村上:背負えるものが大きければ、それだけ人間は成長します。私は日本のため、つまり国っていう大きなものを背負いたいと思う。

ママ:なぜ国を背負うの?

村上:人が背負える一番大きなものが国だと思うから。それで、日本人だから日本を。アスリートは当然のように国を背負います。ビジネスパーソンもプロフェッショナルとして国を背負うことができると信じています。

ママ:国を個人が背負うのに疑問を持つ人も多いと思うんだけどなあ。

村上:グローバル社会では人々が違いを理解し、意識する。国の意識は重要だと思うんです。シンプルに国を代表できるようなビジネスパーソンになりたいと思ってます。

 

 「シンプルに国を代表できる」というフレーズに、またもやママは興味をそそられる。

 

村上:インドネシアの火力発電の仕事も、インドネシアのためだけにしてるわけではないんです。それは日本のためにもなります。国益に資するんです。インドネシアのインフラに貢献することで、インドネシアと日本の関係が良くなるわけで、経済の安全保障につながります。

 

なるほどー。近江商人の「三方よし」もそうだよなあ、とママはふんふんと頷く。ママは次に何を言うべきか考える。ナショナリズムの議論を深めるのもよし。いや、だけどあえて若者に、今はこう問いたい。

 

ママ:村上さん、どんな大人を目指しているの?

村上:そうですね、一生夢を語れる大人になりたいです。

ママ:夢を語れる大人。

村上:就活の時、前の会社だけが、私の夢は何かと聞きました。そして、語らせてくれました。

 

 自分の夢を語らせてくれた会社に入った。でも、プレッシャーに欠乏するようになった。プレッシャーから脱したら成長が見込めなくなった。そして、新たなプレッシャーを求めて転職した。それはつまり、新しい夢を語れる場に歩を進めたということ。

 

 そういえば、村上さんは、瀬戸内海の海賊「村上水軍」の末裔だった! 三つに分かれた家の一つである能島村上家の子孫だと聞いたなあ、とママはふと思い出す。海を牛耳っていた村上水軍。その末裔が海より広い宇宙を手掛ける夢を語るとは、なんともロマンティックな話ではないか!! ママは勝手に盛り上がり、自分にもバーボンロックを作ってグビリとやる。

 

熊よけ鈴を鳴らして、村上さんは店を出て行った。ドアを開けた時、夜空を、宇宙を見上げた。悲観したり自暴自棄になっている暇は、村上さんには1秒たりともない。そんな若者を眩しく感じるまきこママだった。

 

読者の皆さん。

スナックまきこの「大人エレベーター」は、「大人へのエレベーター」に改名しました。次にスナックを訪れる若者は誰でしょうか。その若者はどのような大人へとつながるエレベーターを選ぶのでしょうか。ご期待くださいませ。

 

 

(了)

文 東のマキコママ

​イラスト 西のマキコママ

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