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​第2回

周りの人たちから信頼される大人

 

お客様:大学生 さとみさん

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   コロナで客が減った。飲食店だけが痛手を受けているわけではないが、今夜もスナックまきこの閑古鳥は湿った鳴き声をあげ、ママはどんよりした気分でカウンターを布巾で拭いている。

 そこへ、カラ〜ンと軽やかにドアベル代わりの熊よけ鈴を鳴らし、一人の客が店に入ってきた。陰気な閑古鳥がバツが悪そうにパタパタと去り、ほんわか明るい空気が店内を満たす。

 

さとみ:ママ、こんばんは。

 

 20代前半のミディアムヘアの女性がママに会釈する。

 

ママ:さとみちゃん、いらっしゃい!

 

 ママは歓喜の声をあげ、布巾を片付ける。女性客が来るのは久しぶりである。

 

ママ:何飲む?

さとみ:梅酒ソーダお願いします。

ママ:さとみちゃん、大学何回生になったん?

 

 さとみちゃんはママの出身高校の後輩でもある。同郷なのでお国言葉で会話をする。ママが差し出したシュワシュワのグラスを、さとみちゃんは華奢な手指で受け取る。

 

さとみ:3回生になりました。

ママ:学部はなんやった?

さとみ:経営です。

ママ:経営の仕事したいのん?

さとみ:高校の時からマーケティングに興味があって。消費者行動に関心があります。どんな商品が消費者にウケるのかとか、面白いなって思ってたんです。

 

 先月飲みに来てくれた宇宙事業を手がける村上さんもそうだったが、高校生の時に何を勉強したいとか、どんな仕事がしたいとか具体的に考えられることが、ママには驚きである。

 

ママ:3回生やったら、もう就活してるん?

さとみ:夏休みにインターンいこかな、って思ってます。

ママ:マーケティングなら、どっかの企業やね?

さとみ:それが…。今は公務員もいいかなって思ってます。地方の市役所の職員。利益追求の民間企業より、市民に近い存在で、市民に寄り添える仕事がしたいかなって。

ママ:へえ。人に寄り添える仕事かあ。

 

 ママは、今朝テレビのワイドショーで見た「大学生がなりたい職業ランキング」を思い出す。確か、1位は「事務・管理系」だった。2位「医療・福祉系」、3位「技術・研究系」、マーケティングが含まれる「企画系」は7位か8位ぐらいだったかな…。さとみちゃんのなりたい職業である市役所の職員は1位の「事務的・管理系」のような気もするが、市役所職員の仕事の幅はかなり広そうだ。

 

ママ:どんな人に寄り添いたいの?

さとみ:うーんと、病気の人とか、弱い立場の人です。

 

 ママは心の中で深く頷く。さとみちゃんは高校3年生の夏、白血病に倒れ1年半も入院したのだ。骨髄移植手術を2回受けた。それまでソフトボール部に所属し、楽しい高校生活を送っていたのに、突然の発病に家族も友人も大きなショックを受けた。もちろん、一番大きなショックを受けたのはさとみちゃん本人である。

 

ママ:大変な思いをしたもんね。だけど、諦めず大学受験して、ほんで病気治して、大学にちゃんと入学して偉いわ。

さとみ:入院中は受験でけへんかったし、次の年も受験あかんかって、3回目でやっとです。

ママ:そのモチベーションはどこから来たんやろ。

さとみ:大学生になることに憧れてました。マーケティングもすごく勉強したかったし。だから、入院中も受験勉強してました。

ママ:偉い!! で、大学どう?

さとみ:すごく楽しいです。マーケティングの勉強も楽しい。

ママ:けど、公務員になりたいんやね。

さとみ:民間企業で働くと、例えば「押し売り」みたいなこともせなあかんやろし…。入院生活を思い出すと、弱者に寄り添いたいな、って思います。それに、私、昔から人が好きなんです。

ママ:人が好き?

さとみ:小さい時はすごくおとなしかったんですけどね。小学生の時ソフトボールやり始めてから、チームの一員になることで人が大好きになって。

ママ: そうか。今、大学でサークルとか入ってんの?

さとみ:入ってます。一回生の私生活の支援したり、学生たちが交流できる企画したりする団体です。

ママ:ふーむ、やはり人と接して誰かのサポートするのが好きなんやね。

さとみ:そうですね!

 

 個人的な経験はその個人の興味・関心をムクムクと育て、オリジナリティに溢れる個性をつくっていくんだな、とママは思う。

  目の前のさとみちゃんは、大学生活を満喫しているような幸せな笑顔を浮かべているが、数年前の長い入院生活はどんなに辛く心細かっただろう。しかし、自分を取り巻く環境と自分を関係づけることを、苦しい中でも10代のさとみちゃんはやってのけたのだ。

目の前の若者に、ママは尋ねる。

 

ママ:さとみちゃん、どんな大人になりたい?

さとみ:え。んーと。周りの人たちから信頼される大人です。頼られたいし、役に立ちたい。

ママ:やはり、人が好きなんやね。

 

 梅酒ソーダを啜るさとみちゃんを、ママは眩しそうに見つめる。経験は確かに人間を育てる。

 

  熊よけ鈴を鳴らして、さとみちゃんは店を出て行った。ドアを開ける前にママにニコリと笑いかけた。華奢に見えるけど、心はめちゃくちゃ強いんだろうな、とママは思う。さとみちゃんの言葉をリフレインする。誰かの役に立たなくなったら、私も終わりだなあ。

 

  さとみちゃんは、病気のために人より免疫力が弱いので、コロナに感染しないか、本当に心配だと言っていた。海外旅行をしたことがないので、したいと。インドに行きたい、と。私胃腸弱いので大丈夫かな、と。

  さとみちゃんの就職が無事に決まり、卒業旅行でインドに行けるよう祈ろう!! 感染の心配もなく、国々の諍いもなく、「人に寄り添いたい、信頼されたい」と願う優しい彼女が安全にどこヘでも行けますように!!

 

  スナックまきこの「大人へのエレベーター」。次にスナックを訪れる若者は誰だろう。その若者はどのような大人へとつながるエレベーターを選ぶのだろう。乞うご期待!

 

(了)

文 東のマキコママ

​イラスト 西のマキコママ

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