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Guest 12

ロシア語とロシア文学が大好きなサラリーマン

お客様:〇〇エンジニアリング 宮崎哲志さま

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…ところで、宮崎君にとって、大人とは?

…大人って何と比較して大人なんですか。

…それは適当に考えてよ。

…大人じゃないですよ。

ここはスナックマキコ。

今夜ひと晩だけマキコママに店番を頼まれた。

―僕、お酒だめなんだけど。

―だいじょうぶ、だれもこないから。

ママは大きなリュックを背負っていそいそと店を出ていった。その後ろ姿を見て思う―旅する大人だ。

一方旅が苦手な僕はレンジで温めた牛乳をちびちび飲みながら、ぼんやりと宙を見つめる。

家から連れてきたネコの中也[1]が僕の膝の上でにゃあと鳴いた。

そのとき

 

チーーン

エレベータのドアが開く。

―こんばんは。暇だってきいたから、イルクーツクから遊びにきましたよ。

男はカウンターに座ると、「とりあえずビールください」と言って汗を拭いた。

彼の名前は宮崎哲志君。僕の大学時代のロシア演劇サークルの後輩。ロシア語やロシア文学をこよなく愛している。50代前半。立派なサラリーマンだ。

 

僕:では、宮崎さん、

宮:いやだなあ、むかしの関係で宮崎君と言ってくださいよ。

僕:そう…宮崎君がさ、就職したのは何年ぐらいなの?

宮:1991年ですね。ちょうどソ連が崩壊した年なんですよ。僕は元々専門が土木建築なんですね。専門を活かしたいのと、あとロシア語も活かしたかったので、〇〇エンジニアリングがロシアでの経験も長いって、たまたま新聞で読んで、ちょうどバブルだったので、そんなに試験も難しくなくて、入ったんですね。ところが、1991年ソ連が崩壊しちゃったから、ソ連のプロジェクトが一気になくなっちゃったんですよ。

僕:そうだよね。

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宮:ええ。それで、卒業してもロシア語の学校、梯子してたりして。上司と飲みに行っては、おまえロシア語なんか勉強しないで英語勉強しろって説教されてたんですが、幸いウズベキスタンの仕事があったんですよね。その前はマレーシアとか国内の現場もあったんですが、5年目ぐらいですかね、タシケントに設計の仕事があったんですね。そこで半年駐在したんですよ。そのとき上司もいっしょだったんですが、お前、ロシア語勉強しておいてよかったな、とか言われて。やっぱロシア語しか通用しないんですよね。今は、若い人は英語話す人もいるんですが。今のお客さんイルクーツク石油っていうんですが、ダイレクターは英語話せますし、…でも2、3割ですかね。やっぱりロシア語ですよね。いまタタルスタンで40年ぐらいのお客さんがいて、そことジョイントベンチャー、設計会社をいっしょに作ろうと、そういう話もあって、 そこのプロジェクトマネージャーも任されちゃって、イルクーツクからタタルスタンに月2回出張行ってるんですよ。そこいくと英語しゃべる人ほとんどいないですよね。うちの会社でもロシア語ができて技術が分かる人は少ないので、僕に情報が集まってきちゃって。そういうコーディネートってやらざるを得ない。ほんと今忙しくて目が回りそうです。

僕:すごいね、宮崎君、じゃ、ロシア部門は一手に。

宮:まあ、そうですね。仕事じたいは僕不器用だから、できるってわけじゃないんですけど、お客さんとの距離が一番近いですから、どうしても僕を頼って、雑用係みたいな使われ方もしますけど、この年ですし、やらざるを得ないんですよね。で僕イルクーツクでブランチマネージャーなんですよね。

僕:何、ブランチマネージャーって。

宮:ま、支店長みたいな感じですよね。ローカルスタッフも20人ぐらいいて、ケアしなくちゃいけなくて、一方で工事現場にいろんな人を派遣したり、あとタタルスタンのプロジェクトマネージャーで、そんな器用じゃないんですけど。オーバーフロー気味ですけど、好きなロシアなので、身体に気をつけながら元気にやってますよ。

僕:どんな仕事なの。

宮:佐藤さん、〇〇って知ってます?

僕:いや……

 

 ここから宮崎君は仕事内容を話してくれたが、僕のような素人にはよく分からない。要は、国家プロジェクトなのだ。すごいぞ、宮崎。がんばれ、宮崎!と僕は心の中で叫んだ。

 

僕:すごいね。ロシアと日本、股にかけてるね。

宮:いやいや、うちの会社はかっこよく言いますけど、実際はいろんな人とのコミュニケーションがいろんなところで起きて、それが楽しいんですけど…ロシア人の間にぐっと入っていって、自分の専門っていうか、プロジェクトを動かす、ま、お客さんとこちらがお互いにハッピーになる、ゴールに向かって行く中で、好きなロシアにどっぷり入ってやっているっていう意味では幸せなのかな。

 

ほんとうに幸せそうだ。彼はどんな逆境の中でも幸せそうに語ることができる人間なのだ。それは昔から変わらない。

 

僕:ロシアとの関係はどのぐらい?

宮:タシケントに半年、サハリンのプロジェクトにも1年いたんですよ。で、サハリンの現場にも二年半いて、あとモスクワでも8年いましたから、ええと、今イルクーツクで…もう10年以上ですよね。

僕:ジャズとかもずっとやってるの?

宮:ジャズは、地元の〇〇市の楽団で、実は学生時代かやってたんですが、会社入ってからも続けて、イルクーツクにもサックス持ってきて、週末吹いてます。

僕:仕事で大変なこととかは?

宮:そうですね。ちょっと、オーバーフロー気味ですね。でもスタッフもしっかりしているし、なるべく、ひとりで抱えないようにしてますけど。

僕:入社以来、仕事辞めたいと思ったことはある?

宮:それがね…ないんですよね。佐藤さん、ウォッカありますか?

僕:う、うん、あると思うけど。

 

 足下を見たらウォッカのビンがあった。マキコママも飲むのかな。

 

僕:どうぞ。

 

 僕はウォッカと冷蔵庫から出したチーズの塊みたいなものを出した。

 

宮:とにかく目の前にあることを、僕不器用なんで。目の前のことを一生懸命やって、今までやってきたって感じで。あんまり先のこと、考えてないんですよね。うちの会社は、(会社がめざす)理想的なキャリアパスっていうのはなくて、みんな、いろんな生き方してるんですね。ま、そういうのが、たまたま合ってたのかもしれないですね。気がついたら、サハリンの現場行ったり、モスクワ事務所の所長になったり、今はイルクーツで会社設立に関わったりしたり、自分で手を挙げたわけじゃなく……とにかく、目の前にあることを一生懸命やってきた、そんな感じですよ。…たぶん、どこの会社もそうじゃないですかね。みんな苦労して…。こんなのやってられるか、ってそんなときもありますけど。

 

どこの会社もそうなのかな。でも、過労死だけはしないでほしい、ふと彼の赤ら顔を見て思う。

 

僕:…宮崎君にとって仕事とは何でしょう?

宮:突然ですね。

僕:ま、いろいろあってね。

宮:ヒルティって知ってます?『幸福論』を書いたヒルティ。

僕:はいはい。名前だけは。

宮:あれが座右の書なんですよ。それ、ずっと持ち歩いていて…、あのヒルティに仕事の仕方とか書いてあるんですね、最初の方に。あれ名著だと思っていて、人間というのは、仕事をしているから健康でいられる。やっぱりこう、ちゃんと月曜日から土曜日まで、ちゃんと意義ある仕事をやり続けることが、健康の秘訣だと。それはね、僕、納得して、ですね。健康であり続けて、生き生きとしていられるのも、仕事があるからだと思うんですよね。で、今僕がやっている仕事も、やっぱり意義があると思っていて、たぶん、それはどんな仕事でも意義があると思えればいいですよね。意義があると思えるから、健康なのかなと思って。やっぱり貢献するとか、人が喜ぶ顔を見るとか。意義があることをもう少し言うと、やっぱり人に喜んでもらいたい。お客さんが困っていることがあるとそれを解決して、あ、宮崎さん、ありがとうと言ってもらったりとか。そういった、自分が動くことによって、周りの人が動きやすくなったり、感謝してくれたりとか、そういう機会っていくらでもあるので、そういう解決することに貢献できることに、意義があるのかなあ。周りの人が幸せになるのが、それは芸術でもそうだと思いますし。

僕:人づきあいも得意だよね。

宮:いやあ、得意っていうか、たぶん好きなんでしょうね。僕は人間が。

僕:そうだよね。大学時代からそうだよね。

宮:やっぱそうでしたか?

僕:うん、人が良いというか。

宮:はは。

僕:調整能力があるというか。

 

そうなんだ。大学時代から、彼は全然変わっていない。彼は人間が好きだ。それが彼のすごいところだ。

 

…ところで、宮崎君にとって、大人とは?

宮:大人って何と比較して大人なんですか。

僕:それは適当に考えてよ。

宮:大人じゃないですよ。迷ってるしね。自分で動いて自分で責任とる、甘えられないですよね。…でも大人だって甘えますよね。…即答できないですよね。

僕:でも、そう言っている宮崎君が国家プロジェクトに携わってるの、すごいよね。

宮:いやあ…。

 

 と宮崎君は壁の柱時計に目をやった。

 

宮:あ、もう、こんな時間だ。いけね。明日朝から大事な打ち合わせなんですよ。

僕:あ、ああ。身体に気をつけてね。

宮:佐藤さんも。コロナ感染終息したら、日本に一時帰国します。また日本に帰ってきたら、みんなで会いましょう。

僕:うん、そのときは、招集してね。

宮:ええ、もちろん。

 

と、宮崎君は、いつのまにか三杯目のウォッカをぐいっと飲み干すと、颯爽とエレベータに向かっていく。

 

僕:また来てね。

 

かすれた小声で僕は言った。しかし、エレベータはすでに閉まっていた。もう僕たちは学生じゃない。それぞれがそれぞれの場所で社会を背負っていく、そういう年代なのだ。…でも、僕はやっぱり…。

 

…やっぱり、スナックマキコの留守番は無理だ。僕は心底思った。…マキコママ、あした帰ってくるといいな。

ネコの中也が同意するようににゃあと鳴いた。

 

[1] 中原中也似のハンサムなネコ。宮城県飯館村で保護され、巡り巡って僕のところにきた。