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Guest 11

自由な大人

お客様:合同会社 HAPPYカイゴ 川口澄江さん

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子どもってさ、やらされてる感あるじゃない? 大人って選択することができる。私、おばあちゃんになったら、もっともっと自由になれると思うんだよね。

灼熱の夏。すったもんだの東京オリンピック開催。収束の気配さえないコロナ禍。まきこママは、「なんだかな〜」と言いながら開店の準備を始める。最近、更年期障害も感じられ、夏バテも来ていて、ママは元気のチャージを必要としている。

 

チーーーン。

 

川口:お久しぶり〜!

 

 薄暗いスナックに、突然ひまわりがパッと咲いたかのような明るさ。満面笑顔で現れた女性は、ママのジメジメした陰気くさいオーラをパパっと吹き飛ばした。

 

ママ:川口さん! いらっしゃい。

川口:角ハイボールで! はい、ママ。お土産。

 

 川口さんは、家庭用まな板ほどの大きさの平べったい包みをママに差し出す。

 

ママ:あら。何かしら?

 

 ママはシュワシュワ音を立てているハイボールを川口さんの前に置くと、包みを受け取り中身を確認する。

 

ママ:パズル??

川口:そうだよ。出来上がったの、高齢者用のパズル。やっと商品化。

 

 ママが受け取ったパズルの絵柄は、高齢者にとっては懐かしい日本の昭和時代の茶の間を描いたイラストである。夏の茶の間で、ちゃぶ台とダイヤル式の脚付きテレビと扇風機がおいてあり、子どもが紙風船で遊んでいる。パズルの台紙には計算式がいくつか書かれてあり、ピースの裏には計算式の答えが印字されている。計算式を手がかりにしてピースを合わせ、パズルを完成させるという仕組みである。脳トレを兼ねたパズルなのだ。

 

ママ:わあ! すごい。母にプレゼントするね! 喜ぶなあ、きっと。

川口:他にも春の鯉のぼり、秋のトンボと稲穂、冬の餅つきがあるよ。

ママ:よくそういうアイディア出てきたね。

川口:年老いた父と一緒に暮らすようになってからね、高齢者が必要としていることが目につくようになったの。もっとこういうサービスがあったらいいのにって思うことが多くて。

 

 川口さんのお父さんは、つい最近、突然天国に旅立った。亡くなる数時間前まで川口さんとテレビを見ながらおしゃべりをしていたのに、急な別れだった。それまで、お父さんと二人暮らしだった。夫は単身赴任、3人の娘はそれぞれ独立し、年老いたお父さんのそばで暮らそうと、川口さんは大阪から神奈川県にやってきたのだった。お父さんと生活しているうちに、高齢者がもっと楽しめるツールはないかと思うようになり、高齢者向けの娯楽用品を企画、販売する会社を友人と二人で立ち上げた。その友人のお父さんも認知症で、同じ思いを抱いていたのである。

 

川口:もちろん、ヘルパーさんに頼ることもできるけどね、ヘルパーさんができることってすごく限られていることがわかったの。とてもありがたい存在なんだけど、いろんな規制があるんだよ。例えば、買い物は生活必需品しか頼めなくて、タバコとか嗜好品は頼んじゃダメ。お出かけも、どこへなんの目的でってはっきりしていないとダメ。ただの散歩や趣味の外出は、介助してもらえないことが多いんだよね。

ママ:そうなんだ。それで、高齢者が楽しめるツールを作ろうって思ったのね。そういえば、川口さんは、もと看護師、あ、私たちの世代では当時、「看護婦」よね。人へのケアっていうことに特別な思いがあるのかもね。なぜ、看護婦になろうと思ったの?

川口:金八先生。

ママ:ん??

川口:出てくるでしょ、保健室の先生。

ママ:倍賞美津子!!

川口:あと、「ふぞろいの林檎たち」のヒロインも看護学校行ってたし。手塚理美と石原真理子。制服かわいかったし〜。

ママ:ドラマへの憧れ…

川口:そもそもは、中学の時、保健委員で、保健室の先生と仲が良くて。それでなりたいと思ったの。ほら、修学旅行に必ず保健室の先生ついていくじゃない。

ママ:毎年の修学旅行に行きたかったのか…。

 

 ハイボールのグラスを傾けながら、川口さんは楽しそうだ。

 

ママ:川口さんは下北半島出身よね。だけど、看護学校、北里でしょ。下北になかったの?看護学校。

川口:ないない!! 塾もないからさー、もうとにかく受験勉強は独学で過去問にあたるだけ。北里を選んだのは、東京に憧れてたから。

ママ:看護学校時代はどうだったの?

川口:寮生活が楽しかった。相模大野から終電で新宿行って夜通し飲んで始発で帰ってくるという生活。新宿は青春の街。焼き鳥横丁(現・思い出横丁)は行きつけだったな。3年生の時には、イタリアに1週間一人旅して電車乗り越して夜中にナポリに着いちゃうとか、はちゃめちゃで充実してた。

ママ:看護婦時代は?

川口:毎日、6歳上の主任看護婦に怒られて泣いてた。その先輩、オブラードに包む言い方しないで、きつかった。

ママ:なんか、看護婦の「主任」って怖いイメージがある…

川口:でも、怒るんだけど、一番よく飲みにつれってくれたのがその主任。

ママ:へえ、いい人なんだ。

川口:結局、夜勤が毎月10回以上あって、しんどくって、3年半で辞めたけど。

 

 その後アルバイトを経て結婚。3人の娘たちの子育てに追われる日々。ママは、子育て中の川口さんを知っている。自転車のハンドルに取り付けた椅子に一人、後ろの荷台に一人、背中に一人背負って大阪の下町を駆け抜ける川口さんを、スゲー!と眺めていた。一人を前カゴにポコンと入れて走り抜けることもあった。

 

ママ:バイタリティが半端ないわね、川口さんは。子育て見てても、肝っ玉母ちゃん。

川口:3人とも、思いがけないことが次々に起こった。世の中の親には肝に銘じて欲しい。子育ては思い通りにはいかないってこと。

ママ:そうよね、一人の人格のある存在だし。でね、川口さん、お聞きします。大人って何?

川口:え? 大人?

 

しばし、考え込む川口さん。

 

川口:自由。

ママ:自由?

川口:子どもってさ、やらされてる感あるじゃない? 大人って選択することができる。私、おばあちゃんになったら、もっともっと自由になれると思うんだよね。

ママ:そっか。高齢者が錆びず、生活を楽しめるように、川口さんは今の仕事を選んだんだね。高齢者に、というか、将来の自分に、より自由な存在になって人生を謳歌してほしいからだね。

 

 ひまわりみたいな川口さんから、元気のチャージをしたママ。老いは必ずやってくる。しかし、今よりもっと楽しめる方法はいくらでもあるだろう。というか、自分から見つけていかなくては、と思うママであった。夏バテがなんだ! 更年期障害がなんだ! 

 

スナックマキコの大人エレベーター。それは、様々な文化を育む大人が場末のスナックに語りにやって来るエレベーター。次回はどんな客が訪れ、何を語るのだろうか。乞うご期待!

(了)

*川口さんが友人と起業した「HAPPYカイゴ」については、こちらをご参照ください!

https://happykaigo-fun.com/

文章:東のマキコママ

​イラスト:西のマキコママ