Guest 6

枠にハメない、ハメられない大人

お客様:

「のんびり宿 スロウinn 楓(ふぅ〜)」宿主 遠藤正紀さ

まきこママはせっかちである。「なにをお飲みになる?」と客に聞いて、3秒以内に答えが返ってこなければ「じゃ、水割りね」と勝手に作り始める。酒屋に配達依頼の電話をかけて2時間以内に届かなければ「Amazonに注文しちゃうわよ〜」と急かしの電話を入れる。先ほど、「昴-すばる」をカラオケで気持ちよさそうに歌っていた客が最後のサビにかかる前に、ママが「はいはいお上手ね〜」と白々しいお世辞とともにブチっと「演奏停止」を押してしまったので、客は機嫌を損ねて帰っていった。「あー、失敗したわ〜」と、ママは一人反省会をしている。

 

チーーーン。

 そこへ、エレベーターのベルの音。

ゆったりとした足取りで、カウンターに近づいてくるのは、北海道の十勝からやってきた遠藤正紀さんである。

 

ママ:まささん! いらっしゃ〜い、お久しぶりね。

遠藤:どうも。東京は暖かいですね。うちのあたりは真っ白ですよ。

ママ:なにをお飲みになる?

 

………沈黙5秒経過 。しかし、ママは何も言わずに待つ。遠藤さんのリズムには特別な心地よさがある。彼の静かでゆったりしたリズムに、ママは慣れているのだ。

遠藤正紀さんは帯広から車で1時間ほどの新得町という長閑かな町で宿を営んでいる。宿の名前は「のんびり宿 スロウinn 楓(ふぅ〜)」。宿泊客は、1日1組のみ。宿はすべて北海道のカラマツで造られている。大きな土間には薪ストーブがでで〜んと鎮座し、流しそうめん用の排水装置もある(宿泊客の朝食のオプションには「流しそうめん」がある)。土間の一角には釣り道具がずらりと並び、フライフィッシング用の毛針を巻くテーブルがあつらえてある。吹き抜けの宿の中にはカフェコーナーもあり、なんと、滑り台もある!

宿泊客は、遠藤さん一家(正紀さん、妻の郁子さん、長男の慧くん)と朝食と夕食を仲良く一緒に食べる。夜はお酒を飲みながら笑談したり、テーブルを卓球台にしてピンポンに興じたり、まるで親戚の家に遊びに来たような気分になる。

遠藤:ジントニックお願いします。

 

 沈黙12秒後、ついに遠藤さんがオーダーを発し、ママは北海道が誇る酒造メーカー「ニッカ」の「カフェジン」で自分の分も手早く作る。

 

ママ:このスナックに来てくださるお客様には必ずお話してもらうんですけどね、まささんはなぜ宿を始めたの? もともと小学校の先生だったわよね。

遠藤:……教師とは違うことがしたかったんですよね。人生は一度しかないのでね。

ママ:なぜ小学校の先生になったの?

遠藤:うーん…先生になったのはなぜですかね…子どもが好きだったからかな。

ママ:先生やっててよかったなって思うことはどんなこと?

遠藤:んーそれはまあ、いろいろありますけど…。子どもの変化をみられることですかね。子どもが昨日と今日では違うとか。ちょっとでも前に進めて成長と言えるような変化をみたとき、いいなって思いました。

ママ:子どもにとって、先生って大きな存在よね? 先生の影響ってすごいんじゃない?

遠藤:んー? そうかな? そんなに大きくないと思いますよ。ただの通過点でいいと思いますけどね。大きいと思ってくれたらありがたいけど、大きくなりたいとは思わないな。それはおこがましいというか……。必ずしも僕が子どもにプラスのことを与えていたとは思わないし。僕、教師は13年しかやってないので、教師として語ることは何もないと思うんですよね。なんか、教師語りはくすぐったいですね。(笑)

ママ:子どもが好きで小学校の先生になり、辞めて宿主になった。何か大きな転機がありそうだけど。

 

 遠藤さんは、大学卒業後羅臼の小学校に配属された。羅臼に4年いて、その後十勝川の河口にある小学校に配属され、そこで妻の郁子さんと同僚となり、お付き合いが始まった。ある時郁子さんが、新得町の今の宿の土地が売り出されているのを見つけた。新得町は、二人にとって魅力的な町だった。抽選で土地を買う権利を獲得して家を建てることになった。そこで、二人は新得町への転勤を申し出て、それが叶った。

 

遠藤:5年以内に家を建てないと土地を返還しなければいけないルールがあったんですよ。移住の誘致だから。それで、どんな家を建てるか具体的に考えることになったんです。で、どうせなら、今までと違う生き方をしてみるのも面白いんじゃないかって。

ママ:なるほど。それで宿。もともと1日1組しか取らない算段だったの?

遠藤:いや、それもタイミングというか…。宿をオープンする半年前に息子が生まれたんですよね。それで、乳飲み児の世話と宿の切り盛りを同時にするのは大変だったからひと組だけにしたんです。お客さんにも、他のお客さんに気兼ねをしないでいいと好評でした。

 

 ママは、遠藤さんの宿に1年に2度訪れる。夏か秋は釣り、冬はスキーを目的として。釣りは遠藤さんにアテンドしてもらい、一人では絶対にアクセス不可能な地元のディープな川でフライフィッシングの手ほどきを受ける。遠藤さんは、小学校の教師になって初めてもらったボーナスでフライフィッシングの道具一式を買い、小学校のグラウンドでキャスティングの練習をした。その頃からフライに魅せられハマり込んだ。羅臼の川には北海道にしか生息しないオショロコマというマス系のどんくさい魚がいて、どんなにブサイクな毛針にも食いついたという。そこでフライフィッシングの腕をあげた。

また、遠藤さんは札幌で生まれ育ち、スキーは子どもの頃からしている。ママがスキー目的で宿を訪れる時には、遠藤夫婦と一緒に1日ゲレンデで過ごすこともある。遠藤さんの滑りはどこにも力が入っていない。ひょいひょい軽々と雪山を降りていく。

ママにとって「スロウinn楓」で過ごす時間は、一人旅だが独り旅ではないのである。

 

ママ:私は楓さんに滞在するのがとても居心地がよくて、親戚の家みたいに思うんだけど、宿のご家族と一緒にご飯食べたり遊んだりって、ちょっと引いちゃうお客さんとかいるんじゃないの?

遠藤:引いちゃうのが普通ですよね。僕も、どこか旅行にいってそこの宿の家族と一緒にご飯なんてイヤですもん。

ママ:え!! 自分はイヤなのに自分の宿ではそれをしてるの?

遠藤:(笑)うちはこうしたいとか何かコンセプトを決めてるわけじゃないんですよ。なんとなく自然にやっていることがコンセプトになっていくというか。

ママ:へえ。宿のコンセプトは後からついてくるのか〜。

遠藤:うーん…人が好きなんですよね。

ママ:私が最初お宿にお邪魔した時、初対面なのに釣りを教えてくださいって言っても、ちゃんと連れていってくださったわね。私、超下手くそなのに。

遠藤: それは僕が釣りに行きたかったからですね。(笑)

 

 ママが川へ毛針を投げ込むまでにどんなにモタモタしても、遠藤さんは根気よく待ち、根気よく教えてくれる。遠藤さんが焦ったりイライラしたりする様子を一度も見たことがない。

 

ママ:まささんって、冷静沈着よね、いつも。大人だな〜って思う。ああ、これもお客様にいつも聞くことなんだけど、大人ってなんだと思う?

遠藤:大人…。(沈黙23秒)

ママ:ん? まささん? 聞いてます?

遠藤:最近思うんですけどね。何かを決めつけたり、断言したり、カテゴライズしたりされたりすることがイヤで…。「あなたはこういう人ですよね」とかって、カテゴリーに逃げ込む、あるいは逃げ込ませることになりますよね。だから、「大人」を定義することもできないなあ。

ママ:はっ!! そ、そっか…。

遠藤:何かを枠にハメたりハメられたりってことは、いろいろなものを同じものとして考えるっていうことで…。僕は、「違う」ということに価値があると思うから。人と違うのがいいんですよね。

ママ:まささんらしいなあ。まささんって、いつでも、なにごとも疑うよね。

遠藤:やなやつでしょ。(笑)

ママ:いえいえ、マジョリティに呑まれないところ、尊敬するわ!

遠藤:どんな意見もその人のフィルターを通してバイアスがかかってますからねえ。正しいかどうかなんて誰にもわからない。最近は、コロナにしても考え方が両極端で真ん中の考え方や意見がないですよね。真反対の意見だけが表に出ている。だから、疑って、自分で考えなきゃ。

ママ:その通りね。

遠藤:こういう話の方が僕はしたいなあ。現在や未来の話が。教師時代のような過去のことなんて、僕は振り返らないから。常に前を向いていかねば。

ママ:あれ? まささん。ご自分のバエる釣果の写真、インスタにアップしてるじゃないの。こないだ40センチオーバーのニジマスをメジャーと一緒に写したやつ、見ましたけど? ドヤ顔が目に浮かんだわ。

遠藤:いいことは振り返ってもいいんです。(笑)

スナックまきこの大人エレベーター。それは、様々な文化を育む大人が場末のスナックに語りにやって来るエレベーター。次回はどんな客が訪れ、何を語るのだろうか。乞うご期待!

(了)

​文 東のマキコママ 

イラスト 西のマキコママ

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