Guest 5

下積みを経て自分の想いを現実にする大人

お客様:

(有)ココロプランニング 美容室フェリーチェ・ココア代表

中村章吾さん・中村智子さん

この冬は寒い。まきこママは芋焼酎のお湯割りをすすりつつ、先ほどからずっと迷いに迷っている。髪を切るか切るまいか、頭の中をその迷いが逡巡している。ボサボサなのだが、寒くて寒くて、首がスースーしそうで美容室に行く勇気が出ないのだ。

チーーーン。

 そこへ、エレベーターのベルの音。現れたのは、オシャレに無精髭を生やした男性である。

 

ママ:おっと〜、中村さんじゃない! いらっしゃ〜い。

中村:ママ、あけましておめでとう。今年もよろしく。

ママ:これは…。よし決めた! 中村さん、明日、予約お願い。

中村:ヘナ染めもした方がいいよ、ママ。白いのが目立ってきちゃってるよ。無精してるからだよ。

 

 おしぼりを差し出しながら苦笑するママ。「私も無精が似合えばいいのに」とひとりごちる。

 

 中村章吾さんは美容師である。東京の八王子で小洒落た美容室2軒(美容室feliceと美容室cocoa)の経営者である。「リトル新宿」とママが呼んでいる八王子は、ラーメン激戦区とともに美容室激戦区と言ってもいい。中村さんの美容室よりもモダンだったりゴージャスだったりする美容室は八王子にいくらでもある。しかし、ママは美容室feliceを「ホーム」と決めている。

 

ママ:えっと。キープのバーボンでいいかな。

 琥珀色の水割りを中村さんの前に置く。ママは、中村さんの独立前から髪を切ってもらっている。もう20年以上の付き合いだ。中村さんが社員として働いていた美容室に通うのをやめ、独立開業した彼をママが追いかけていったのは、カットの腕に魅了されていたからである。剃刀は絶対使わず、ハサミでシャキシャキ軽快に切り、ふんわりとまとめてくれる。店に行って、椅子に座り、何も言わなくても「元気だった〜?」と、シャキシャキふんわり、やってくれるのである。だから、美容室feliceに行くとき、ママは家人に「美容室」とは言わず「散髪いってきま〜す」と言って出かける。

 

ママ:中村さんってなんで美容師になったんだっけ? 昔からなりたかったの?

中村:ううん、絶対の絶対になりなくなかった。

ママ:なんで⁉︎

中村:母がね、美容室やってて、忙しくて。子どものとき、休みの日になると周りの友達は家族でどっか遊びに出かけるんだけど、うちは美容室営業してるからどこにも行けなくて。夏休みとかもね。父は公務員だったけど、一人で子どもを遊びに連れていくタイプじゃなかったし。だから、寂しかったんだよね。自分が将来家庭を持ったら、同じ状況になるわけでしょ。そんなのやだなと思って。

ママ:でも、今、美容室2軒も持ってて経営の仕事しながら自分も切ってて、家庭を持ってる。

中村:カエルの子はね、結局カエルなんだよ。

ママ:へえ。でも、ならないって決めてた職業なのに、その職業を選んだきっかけはなんなの?

中村:選んだわけじゃないんだよ。高校卒業する前に、進路決めなきゃいけないじゃん。周りが就職やら受験やらでバタバタしだして。それで、ん? 俺どうしようって焦って。で、大学も行くつもりなかったし、かと言ってすぐに働きたくない。もっと遊びたい。そんなとき、母が美容学校行くんだったらお金出してあげる、せっかくなら東京行けばって言ってくれたんだよね。まあ、専門学校ならなんだってよかったんだけど、お金出してくれるから美容学校にするか、みたいな。そのとき、美容学校って1年だった。今は2年だけど。で、それもいいかなあって思った。1年東京行って帰ってくればいいや、みたいな。別に、美容師になるぞ!って意気込んで行ったわけじゃない。だけど、1年なんてあっという間。周りがあっちこっち就活とか始めて。それで、ん? 俺どうしようって焦って。

ママ:笑。またか。

中村: で、俺も美容室に就職したわけ。

ママ:美容師デビューね。

中村:いやいや、最低下積み3年は必要だからね。切らせてもらえるまで3年なんて短い方だよ。

ママ:そうなんだ…。で、いっぱしの美容師になるために張り切って修行したのね?

中村: ううん。いつ辞めてやろうかって、そればかり考えてた。

ママ:辞めるつもりだったの?

中村:俺ね、学生時代野球部だったんだけど、先輩後輩の上下関係が大っ嫌いだったんだよね。だから、「なんとか先輩」とか絶対呼ばなかったの。呼べって言われても呼ばなかった。美容室は野球部よりも師弟関係が厳しかった。だけど、「先輩」とか「チーフ」とか呼びたくなかった。そういったきちん、きちんとした空気が向かないの。だから、チーフの名前に「さん」をつけて呼んでた。周りから、「チーフのことはチーフと呼べ」って何度言われても、絶対に言うこと聞かなかった。

ママ:頑固ね。

中村:社会不適合者だね。ずっと一匹狼。

ママ:一匹狼が心地いいの?

中村:いや、心地よくない。

ママ:笑。

 

チーーーン。

「この人、頑固一徹なの。最初、宇宙人かと思ったのよ。理解不能」と、女性の声。

 店に入ってきたのは、中村さんの妻、智子さんであった。中村夫婦は一緒に美容室を切り盛りしている。智子さんは2店舗目の美容室cocoaを担当。ママは智子さんにおしぼりを差し出す。

 

中村(妻):絶対譲らないの。雇われている美容師って、言われたことをこなして、大きなリスクを負うことはないでしょ。自分でお店をやっている人は違う。自由で偏屈なの。

 

ママ:ふーむ。雇われ美容師は何年やったの?

中村: 12年。

ママ:そうか。その間、悶々としてたのね。

中村:お客さんのカットが担当できるようになってからは、なんとなく、美容師の仕事が馴染んできたかな。俺って、接客が好きなんだよね。

ママ:偏屈で自由な一匹狼なのに?

 と言いつつ、ママは中村さんが接客好きということは知っている。美容室feliceでは、あっという間に時間が過ぎる。ヘナを髪に染み込ませる間は出されたお茶をすすりながら雑誌を読んでいるが、その他の時間は笑いながら話し続けている。近況だけでなく政治の話、思い出話や将来の夢の話などなど。

 

中村:仕事上の接客は違うんだよね〜。工場で単純作業するバイトしたことあるけど、1週間もたなかった。レストランは半年続いたよ。最初から接客が得意っていうんじゃなくて、長くお客さんと付き合う仕事やってきて、感覚が育ってきた。美容師になったのは、母が美容師だったのもあるけど、今から思えばね、父の言葉だったかもしれない。

ママ:公務員のお父さん?

中村:父は、実家の美容室の経理を担当していて、ある日、売り上げかなんかの計算している時、俺がそばに座ってたんだよ。小学校4年ぐらいかな。その時、「将来はなんになるんだ?」って聞いてきて「わかんない」って言ったの。そしたら、父が「美容師になれば?」って。「なんで?」って聞いたら「儲かるから」って。ああ、お金持ちになれるんだなって思った、その時。それから、なんとなーく、美容師になるっていう空気のようなものが自分に備わっていったのかも。ね、カエルの子はカエル。

  ママは、中村さんのお父さんは、本当は「儲かるから」美容師を薦めたのではなくて、中村さんの同調圧力に呑まれない生来の頑固さと、それでいて人当たりが良い性質を見抜いていたのでは? と推測する。カエルの親はカエルの子をよく見ていたに違いない。

 

ママ:中村さんはカエルの子どもか。でも、今は雇われ美容師を卒業して立派な大人の経営者だしねえ。ね、中村さんは、大人ってなんだと思う?

中村:大人。うーん、「あーしなさい、こーしなさい」って言われる範囲でしかできないのが子ども。自分のやりたいことをやれるようになったら、大人。自己実現できる人かな。

ママ:お店を持つようになった中村さんの言葉、重いわね。

中村:大人っていうのは、下積みを経て自分の想いを現実にできる人だね。

ママ:大人になるには、頑固さも偏屈さも自由も重要ね!

中村(妻):ほどほどにね…笑。

スナックまきこの大人エレベーター。それは、様々な文化を育む大人が場末のスナックに語りにやって来るエレベーター。次回はどんな客が訪れ、何を語るのだろうか。乞うご期待!

(了)

​文 東のマキコママ 

イラスト 西のマキコママ

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