Guest 4 

旅人のように任務を遂行する大人

お客様:チンドン屋 好井ゆみこさん

12月といえば、わんさか人が溢れて街中が活気づき、狂ったような笑い声があちこちに聞こえるのが常である。しかし2020年の12月は違う。日ごとに増すコロナ感染者数の報道が人々をびびらせ、街は沈んでしまっている。例年であれば、ここ「スナックまきこ」も飲めや唄えやの大騒ぎの時期なのに、閑古鳥が鳴き続ける始末である。まきこママはくさくさした気持ちでテレサ・テンのCDを店内に流し、カラオケ十八番の「別れの予感」を寂しげに口ずさむ。そこへ…

チーーーン。

 突然、エレベーターのドアが開き、コンチキコンチキ三拍子の伴奏に乗せた澄み切った歌声の「美しき天然」が、音程がややはずれたママの「別れの予感」をかき消した。

 現れたのは、日本髪を結い、桃色の着物に身を包み、チンドン太鼓を胸に抱えた女性である。

 

ママ:あれ、好井さん。一人?

好井:うん、さっき解散してきました。

 

「よっこいしょういち」と言いながら、女性はチンドン太鼓を床に下ろす。

ママ:今日は何のお仕事だったの?

好井:駅前にできた旅館の宣伝。この時期に頼んで貰えるのはありがたいよねー。そういえば、ママ、

   昭和生まれのお客さんが懐かしがるからって、美空ひばりを私が唄うならクライアントになって

くれるって言ってなかったっけ?

 

 おしぼりを差し出しながら苦笑するママ。

 

ママ:昭和も平成も令和も店に来ないのよ〜。ほんとに嫌になるわ〜。

好井:そっか。えっとー、ビールくださいな。

 

好井ゆみこさんは19年の実績を持つプロのチンドン屋である。屋号は「チンドン好井」。多摩美術大学で演劇と映像を学んだ経歴を持つ。現在、プロのチンドン屋は全国に100人ほどしか存在していない。

ママ:そうだ、まだ聞いてなかったわね。好井さんがチンドン屋になった理由。

好井:ああ、演劇で知り合った人の彼氏がたまたまチンドン屋の親方で、その人からの「芝居やってるなら声出るでしょ、手伝ってよ」っていう誘いに乗ったの。それで、チンドン屋って何かもよくわからないままバイト感覚で始めたんだけど、毎年富山で開催される全日本チンドンコンクールに行ったとき、方々から集まった大親方たちのパフォーマンスを目の当たりにしてね、「うわーーーーっ」てなって。

ママ:うわーーーーって?

好井:うん、チンドン屋の猛者たちがすごかった。それで、こりゃ、軽はずみな気持ちでやってはいけないって思ったの。これは昭和のスキマだなって。生命力半端ないの!私、劇団2回立ち上げてすぐ辞めてるけど、チンドン屋は7、8年も、よく修行したよねえ。

ママ:大道芸やちんどん屋って、人に見られることが快感なの?

好井:うーん…。大道芸とチンドン屋は違うの。大道芸って、固定された場所でパフォーマンス見せて投げ銭って感じでしょ。だけど、チンドン屋は移動していくし、支払いは依頼主だから、路上の人たちは見るも見ないも無料で自由なの。チンドン屋のパフォーマンスを嫌だなって思う人は通り過ぎていく。中には一緒に写真撮ったり「懐かしいわねー」「あの曲やってよ」「何の宣伝?」って話しかけてくる人もいる。「大衆演劇にお金注ぎ込んで離婚したんだよ」ってディープに語ってくる人もいれば、パシってチラシを叩き落とす人もいる。色んな反応がありのままで、街の裏情報が勝手にどんどん集まってきて面白いの。明日は会わない人、非日常の人たち。チンドン屋は旅人の感覚に近い。ただの旅人じゃないよ。クライアントの期待に応える為に、街の空気をね、読むの。時間帯や住んでいる年齢層とか。それで、何時ごろどこにいけばいいのかとか、どんなパフォーマンスが必要な客層に受け入れられるのかとか推測するの。それで、街の反応が自分の読みと一致するとき、快感を覚えるんだ。外れた時は真っ青!

ママ:へえ。チラシをパシッと落とされるって、相当凹まない?

好井:芝居だけやってた頃は「世界中の人に愛されたい!」なんて勘違いしてたから相当凹んだろうね。好きな人も嫌いな人もいる。それが普通だもん。それでいいの。

ママ:あら。ずいぶん大人びたこと言うのねえ。

好井:小学校4年生の時、転機が訪れてさ。

ママ:転機? どんな?

好井:それまではね、自分の意見が率直に言えなかった。どうせ聞いてもらえない、丸め込まれる、みたいな。完全に長いものには巻かれろタイプだった。でもね、一番仲のいい子が、いじめられて、私もムシするように強制されたんだけど嫌でさ「私は好きだからムシしたくない!」って。そしたら、当然私がその子にいじめられたんだけど、相手にしなかった。その子に嫌われたって構わないよって態度を見せたの。そしたらいじめられなくなった。

ママ:へえ。勇気を出したのね。

好井:それまでは通信簿に「最後まで意見を言えない。語尾がはっきり言えません。」って毎回先生に書かれてたくらい。意見はあるのに途中で不安になっちゃう。でもこれじゃ生きてる意味ないじゃんってある時思ったの。で、思うことまんま言うようになった。反動って凄いよね。

ママ:その好井さんの小学校4年生の転機…。それに似てる経験、私にもあるわ…。

 

 ママは小学校3年生まで登校拒否ぎみだった。担任の先生が厳しくて怖くて(保護者に絶大な人気を誇っていた)、友達もいなくて学校に行こうとするとお腹が痛くなったものだが、小学校4年生の時に担任の先生がとてつもなく放任主義の先生(保護者には全く人気無し)に代わり、180度性格が変わって学校大好き人間になったのだった。

 

ママ:好井さん、家ではどうだったの?

好井:私、兄が二人いて、三番目の女の子だから、こう見えて箱入り娘だったのよー。母は、私に10年女子高通わせてOLやって結婚してっていう理想持ってたんだけど、私、それを一つ一つ崩していったの。「納得出来る理由を言ってよ」って理詰めで。多摩美の入学にも、芝居をすることにも母は反対してた。

ママ:じゃあ、チンドン屋になったことには?

好井:チンドン屋やるんだったら芝居やってくれてた方がよかったって言われた(笑)。でもね、「私がつまらなそうに見える? もしお母さんの言う通りやってたら、私、超つまんなかったよ。どっちがいい?」って言っちゃってる(笑)。

ママ:言うわねえ〜。

好井:私、小さい頃はよく息が止まるほど兄に殴られててね。言い返しても結局は力でねじ伏せられるから、自分の意見なんて意味ないんだ、って思っちゃったんだよね。大人になって兄が結婚してから、お正月に突然母に電話で呼び出されてさ。チンドン屋ってお正月大忙しなんだけど、タクシー使ってでも来いって。それで、会いに行ったら、兄がいて、初めて「ごめん」って。「ひどいことして、ゆみがおかしくなったら全部自分のせいだと思ってたから、お前が笑ってくれてたことが救いだった」って言われて、家族中号泣。 

 

 ママは涙ぐみ、そっと鼻をかむ。

 

好井:覚えてないふりしてたけど、兄なりにずっと抱え込んでたんだよね。

ママ:好井さんが変わったのって、閉じ込めていた自分を自分で解放したってことなのかな。

好井:そんな難しいことではなくって、嫌なことは嫌だってしっくりくるまで話せばいいってことに気づいたのね。

 

 好井さんのグラスにビールを注ぎながら、ママは尋ねる。

 

ママ:好井さん、大人とは何だと思う?

好井:大人? 

ママ:そう、好井さんにとって大人とは?

好井:大人ねえ…。大人とは、現状、つまり、今あることは、自分が選択したことだってわかっている人かな。他人とか状況とかのせいにしないで、自分が選んだんだって認識して、腹をくくって楽しもうぜー、みたいな。

ママ:ああ、なんか胸に刺さるわ。私、昔、学校が嫌いな時期があって、学校に行けないのは先生のせいにしてた。

好井:先生と相性が合わなかったんだね。でもそれはそれ。行かないのは、ママが選んだことなのよ。

ママ:確かに。先生が家に迎えに来て学校に連行されたことがあったけど、暴れればよかった。

好井:現状が嫌なら変えればいい。私、実体験してるから、変えることができることを知ってる。

ママ:今のチンドン屋の仕事は好き?

好井:もちろん! 好きじゃなきゃ続けてられないわ、この仕事。めずらしいね、って言われないぐらいに仕事なくちゃ金銭的には豊かじゃないからね。 だから、ママ、クライアント、よろしくね。

ママ:う…。テレサ・テンを演奏してくれたら考えるわ。

好井:なにそれ、湿っぽいわね。よし、景気づけに。

 

 好井さんは、チンドン太鼓を再び背負い、あ、そーれ!と、自らのかけ声と共に♪景気をつけろ、塩まいておくれ♪と美空ひばりの「お祭りマンボ」を叩き歌い踊るのだった。

店に閑古鳥が鳴いてくさくさするのはコロナのせいじゃない。ビビって暗くなっている自分の心を光で満たさなければ、とママは猛省する。カウンターの壁にホワイトボードがかかっている。「山本酒店にチャミスル3本注文」という覚書きの下に、ママはマーカーで書き込む。

スナックまきこの大人エレベーター。それは、様々な文化を育む大人が場末のスナックに語りにやって来るエレベーター。次回はどんな客が訪れ、何を語るのだろうか。乞うご期待!

(了)

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