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Guest 7

「農」&「猟」で地域づくりに情熱を燃やす大人たち

お客様:(1)一般社団法人法人「ふるさと屋」理事 高橋 幸照(ゆきてる)さん  (2)高橋農園代表 高橋 英(すぐる)さん (3)協和コンサルタンツ 新規事業推進室 課長代理 左村 公(いさお)さん

今夜は三重県多気郡多気町から二人、予約が入っている。多気町は、高級和牛で有名な松坂市の南に位置し、東に、かのトップオブ神宮が鎮座する伊勢市を臨む。三重県が誇るゴージャスな土地の間にちんまりと存在する多気町は、地味ではあるが、その名の通り元気がみなぎる町である。「多気」の語源は、「いろいろなものがたくさん採れるところ」と言われている。

先ほどからママはワクワクしている。きっと彼らはアレを土産に持ってきてくれるに違いない。思わず百人一首の句が頭を過ぎる。

 

 「奥山に〜、もみぢ踏み分け…」

 

チーーーン。

 待ち構えていた、エレベーターのベルの音。

満面笑顔の60がらみの男性がドアの奥から現れ、溌剌とママに挨拶する。

 

幸照:ママ〜、久しぶりやなあ! ほれほれ、持ってきたで。先週獲れたヤツのロースや!

ママ:鳴く鹿の〜、あ、声聞くときぞ〜、秋は悲しき〜っと、来たーー!!

「アレ」とは、まきこママの好物、鹿肉である。かつて、「肉食女子」という言葉が流行していた。恋愛において狩りをするようにターゲットにぐいぐい攻め入る傾向にある女性のことを、そう呼んだ。しかし、ママはもちろんそのようなメタファーとしての肉ではなく、また他のどの肉でもなく鹿肉を好む。

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鹿肉のかたまりを携えて来店したお客様は、高橋幸照さん・英さん親子である。高橋親子は、多気町を心から愛し、地域に貢献し続けている。父の幸照さんは、地域資源を活用した地域づくり事業を実践する「ふるさと屋」の理事である。多気町には、立梅(たちばい)用水という灌漑(かんがい)施設遺産がある。江戸時代、立梅用水ができるまでは、田は乾き、米が育たない貧しい土地だった。そこで、酒屋を営んでいた西村彦左衛門が、地域の農業を守るため、私財を投げ売ってこの用水を造った。「ふるさと屋」は、彦左衛門の功績を讃え、その生家を拠点として立梅用水の歴史を紙芝居で紹介したり、イベントや会議に場所を貸し出したりしている。また、多気町で生産する米や野菜を素材として加工し、いろんな食材や日本酒を販売する事業も手がける。

息子の英さんの本職は農業である。農家を悩ますのは、猪、鹿、猿などによる獣害。幸照さんは、猿が畑を荒らしていないか、常時コムス(トヨタの超小型エコカー)をビュンビュン飛ばし、里山中を駆け回っている。猿たちが畑でいたずらしていると、コムスで蹴散らしていく。しかし、人間が寝ている隙を狙って獣たちは畑を荒らす。ビュンビュンコムス作戦だけでは農業を守れない。獣害対策の一つとして、罠をかけて刃物でしとめるという方法がとられる。高橋親子は、この罠猟もしている。

 

 ママは、水割りを二つ作っておしぼりと一緒に親子の前に置く。

ママ:高橋さんの鹿肉、柔らかくて風味がいいのよね。

英:銃を使ってませんからねえ。

ママ:なぜ猟銃じゃないの?

英:弾丸みたいな鉛はね、毒性があるんです。中毒の危険性があって、食用としては安心できないんです。だから、罠を仕掛けてしとめるんですわ。大変なんですよ。鹿も暴れるし。オスなんて牛みたいやし。大きさによって急所の位置も違うし、やりあうこともあって、いろいろ大変なんです。「止め刺し」いうて、罠にかかった鹿を自分の手で殺さなあかんのです。

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ママ:猟師さんも精神的に辛いわよね。害獣とはいえ、生きているものを殺めるというのは…。なのに、私ったらちゃっかりお肉だけもらっちゃってすみません…

 

ママは、もらったばかりの鹿肉を、しばし、じっと見つめる。自分と同じ生き物だったものが、今はスナックの厨房のまな板の上で食べ物と化しているのである。

 

英:いや、正直言って、食べてもらう方が僕らとしては嬉しいんです。しとめたものを「ありがとう」ってもらっていただく方が。ケモノなんて食べたくないっていう人もいるけれど。

ママ:あら、そう?

英:でもね、正直、殺したくないんですよ。僕、夢があります。捕獲した動物を集めて、田んぼをフェンスで囲って動物園みたいにしたらどうかな、って。それ、結構難しいけどね。生け捕りにしてどこかに運ぶって、すごく大変な作業。しとめた方が楽なんです。だけど、わざわざ殺さんでもいいって思います。

ママ:英さんは、猟を始めてから長いの?

英:全然。去年、猟師小屋行って鹿をさばくの見たばかり。10人ぐらい猟友会の人たちがいて、鹿がだんだん動物から食べ物になっていくプロセスを見ました。その時、食べ物って、こうやってできていくんや、って思いました。それで、食べることの大切さがわかりました。

ママ:いただいたお肉、ありがたくお料理させてもらうわね。

 ママの得意な鹿肉料理はローストである。低温調理器でじっくり火を入れ、表面だけ軽く炙ってスライスして食べる。ピンク色のローストディアにはフルボディの赤ワインがよく合う。

 最近では、英さんは獲った鹿肉をジャーキーにしてペットフードとして加工している。鹿が獲れても、人間の食べ物として出荷するのには何段階も作業と手続きが必要である。しとめた鹿肉はそのまま流通するわけではなく、肉は余ってしまう。ペットフードは、罠にかかった鹿の有効利用のための手段である。

 

ママ:農作物を育てるためには猟が要る、猟の後には大掛かりな処理が要る。農村の暮らしって優雅に見えるけど、厳しいわよねえ。

幸照:まあ、そやけど、いろんな人との関わりで、多気町の良さに気づきましたで。特に、立梅用水がどんなに素晴らしいものなんかって、ずっと暮らしていてもなかなか気づかんかったけど、「よそにないもんなんや!」って、他の人から学ばさせてもうたり、ほんまにありがたいことや。

ママ:幸照さんからいただいた、多気町の白菜でつくったキムチ、多気町のお米でつくったパンケーキの素、おいしかったわ〜。

幸照:生産から加工、そして販売までのプロセスを自分たちですることが肝なんや。農家は、時代の変化に応じて、農業のやり方も変えていかんとね。

 

チーーーン。

 そこへ、またもやエレベーターのベルの音。のそーっと長身の男性が姿を現す。

 

ママ:うげ!大谷翔平⁉︎

左村:笑。違いますって、ママ。

 

 3人目のお客様は身長188センチの左村公さんだった。建設コンサルタント会社の社員である。見た目は大リーグ二刀流の人気選手。

幸照:僕が呼んだやー。よう来てくれはったな、左村さん。この人、僕の仕事にアドバイスくれたり、いろいろ手伝うてくれるんや。

左村:それがうちの会社の仕事ですからね。新規事業を立ち上げる役目をいただいてるんで。僕は幸照さんとは10年以上の付き合い。幸照さんと出会う前は、違う部署にいたんですけどね、そこでは仕事が半端なく忙しくて、今より15キロ痩せてたんすよ。だけど、幸照さんに出会って、なんか、新しい力をもらった気がしました。大事なことをいっぱい学ばせてもらって蘇りました。

幸照:顔色、悪かったもんなー、昔。笑。

 

 左村さんは、小水力発電の開発にかかわる仕事をしている。つまり、エコエネルギーを社会に普及させるという重要な仕事だ。小水力発電のような新しい施策を本格的に導入する前には、どこかの地域でその地域の人たちと一緒に実験し、試行する必要がある。そこで、左村さんは幸照さんとタッグを組み、立梅用水で小水力発電の実験に取り組むようになったのである。

 

 ママは左村さんの前にも水割りを置く。

ママ:幸照さんからどんなことを学んだの?

左村:社会人としてどうあるべきかを教えてもらいましたね。特に人に対しての接し方。例えば、仕事で連絡するとき、メールって楽じゃないですか。だけど、幸照さんは電話したり、直接会ったり、一緒に酒飲んだり。幸照さんって365日仕事してるんですよ。土日も関係なく、俺、毎日のように幸照さんと電話で話していました。息子の英さんより、俺の方が幸照さんと話してたと思う。笑。

ママ:仕事上の付き合いというより人間と人間の関係ね。

左村:ある時ね、幸照さんと飲んだ後、英さんが車で迎えに来てくれて。幸照さんが、運転する英さんに向かって、「これが俺の仕事や!」って言ったんですよ。うわー、いいなあ、羨ましいなって思いました。仕事相手と酒飲むことにも誇りを持ってて。俺も自分の子どもに同じことが言いたい。

ママ:ふむふむ。なんか、今日は仕事に燃える男3人の情熱にあてられちゃったわねー。さて、いつもの質問コーナーに移りますわよ。

 

 ママは、自分の水割りを作りながら、いつものフレーズを切り出す。

ママ:英さん、大人ってなんだと思う?

英:ん? 真面目に答えるんですか? それともオチつけて笑いを取らなあかんのですか?

ママ:…いや、どっちでも。三重県って笑いのレベル高いのかしら? 私の故郷の滋賀県、三重の隣だけど、かなりレベルが高かったわ。自己紹介するとき、笑いがなくて白けたらどうしようっていつもドキドキしてたわ。

英:三重も結構、レベル高いですよ。

ママ:ああ、そう。じゃあ、隣県同士で張り合うのもなんだし、真面目バージョンでお願いします。

英:ふーむ、そやなあ。大人とは、夢を叶える人、かな。

ママ:ああ、さっき、夢があるっておっしゃってたわねえ。素敵だわね。

左村:俺、今度は英さんと何かプロジェクトしたいって思ってるんすよ。幸照さんとやってきたことを土台にして、今度は息子さんと何かしたい。次の世代を支えていきたいなあ。

ママ:応援するわ!! 田んぼ動物園、見に行くわね。じゃあ、左村さんにとって大人とは?

左村:んーと。何かを伝えられる人。伝えることがある人。幸照さんみたいに。

ママ:伝えるって、何を?

左村:生き様。何もしてこなかった人は何も伝えられないでしょ。

ママ:なるほど。じゃあ、幸照さんは?

幸照:(間髪入れず)人との出逢いを大切にできる人。いつまでも挨拶を交わしあえるような関係を作れる人。

ママ:うーん。今夜は勉強になりました! 農村と企業の絶え間ない血と汗と努力のコラボで、私たちはちゃんと食べられて生かされているのね。大地からの恵み、大切にしないとバチがあたるわね。じゃ、ローストディアをこさえてご馳走するわ! 2時間かかるから、それまでガンガン飲んでてよ〜。ワインも開けるわよ〜!

スナックまきこの大人エレベーター。それは、様々な文化を育む大人が場末のスナックに語りにやって来るエレベーター。次回はどんな客が訪れ、何を語るのだろうか。乞うご期待!

(了)

​文 東のマキコママ 

イラスト 西のマキコママ